二品目『人気トラットリアの評判』(3)
「お茶ー、お持ちしました」
「ああ、新人くん。ありがとうございます。…私の分は?」
「え?店長飲むんすか?」
「飲むに決まっているでしょう。君の珈琲はそこそこに美味しいんですから」
「そこそこって…素直に褒めてくださいよ」
「いいから早くお出ししてください。私の分も追加です」
「はーい」
真剣に話を聞いていた刑事の耳に間延びした青年らしき声が聞こえた。目を遣るとシルバーの盆にアイスコーヒーのグラスとガムシロップとミルクの入った硝子の小皿を乗せたコック服の男が立っていた。
眠そうな垂れ眼にかなり短く整えられた黒髪、体躯は薄っぺらい、と言う表現が似合う青年だ。歳の頃は二十代半ばだろうか。先程の気だるそうな返事は彼のものだろう。刑事はそう観察し、推測する。
実は朝は非常に弱い新人。垂れ眼のせいで年中眠そうに見えるが、朝七時前に店に入る彼は今とても眠い。
内輪の事情はそんな感じだが、それは刑事の知るところでは無い。この珈琲はその『そこそこ』なのか。どーぞ、と言う声と共に差し出されたグラスに軽く会釈をしてグラスの中に目を落とす。
いや、めちゃくちゃ良い香りがする。青年は硝子の器も置きながらギャルソンとそんなやり取りをして青年は去って行くが、刑事の目はグラスの中の暗い液体に釘付けだ。
「どうぞ、家の新人くんが淹れた一等の珈琲です」
「え?今、そこそことか…」
「あまり褒めると調子に乗るんですよ、あの子は。家の店で働いているんですから、美味しくないものなど淹れさせません」
「はぁ…」
それがこの店の教育方針なのだろうか。そう思いながら刑事はグラスに口をつけた。
美味い。
ギャルソンの言う通り、一等と称しても過言で無い程、美味い。
仕事柄、珈琲なんて一日に何度も飲むが、それはただの水では味気ない事と、眠気覚ましにだ。
しかし、この珈琲は自分が普段飲んでいる様な缶コーヒーとは全く違う。心底から味わって飲みたい、そんな感情を植え付けられる。どんなブレンドをすれば、こんな歯切れの良い苦みが訪れるのだろう。僅かに感じられる酸味が喉を通ると懐かしい程で、代わりに鼻腔を抜ける香りはしっかりとしていて珈琲豆の力強さが複雑に絡み合う。
冷えたグラスに数個浮かんだ氷、だからと言って薄まるでも無い。そして最後、舌に残り不意に消えた何とも言えない甘味。微糖なのだろうか?だが口当たりはブラックそのものだったと思うが。その、一口の最後の不自然な甘味が次の一口を口へと運ばせようとする。珈琲好きでなくとも堪らない美味さだ。
これを『そこそこ』と言う目の前のギャルソン。彼の淹れる珈琲は一体どれほどなのだろうか。
「店長ー、店長の分っすよ」
「おお、気が利きますね、新人くん」
「あんたが淹れて来いって言ったんでしょーが」
「私が褒めたのは『隠し味』を二滴入れた事です」
「えー…バレバレっすか。店長この配合好きなの思い出して」
「大変よくできました」
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