二品目『人気トラットリアの評判』(4)
また間の抜けた声が掛けられ、刑事ははっと我に返った。目の前では自分と同じグラスに注がれたアイスコーヒーがテーブルに置かれる。ようやくギャルソンに褒められ、新人は少々嬉しそうに破顔した。そうか、隠し味。あの次の一口を誘う不思議な甘みはその隠し味なのだろう。妙に納得した。
「この珈琲…絶品ですね」
「え?マジっすか?ありがとうございまーす!」
「良かったですね、新人くん」
「いやー、店長が言うところの『二等級』なんで、それでも喜んでもらえたら嬉しい限りっすよ」
「その、この舌に残る甘さ…の様なものが、隠し味、とやらですか?」
「そうですよ。当店でしか味わえない珈琲と隠し味。まぁ、血を一滴落とすだけなんですけどね」
「…は?」
「血を一滴、と申し上げました」
ギャルソンはそう言いながらグラスを傾け珈琲を喉に送る。
刑事は何を言われたのか理解が追い付かず、きょとんと目を瞠っている。大の男が言葉を無くしてグラスを持ったまま静止している。ギャルソンはまだ新人がいる目の前で、ぷは、と息を吐いた。
「ああ、外仕事の後の冷たいものは最高ですね」
「店長、ばらしちゃっていいんすか?」
「はい。今まで通り、料理長にお願いしますから」
「なるほど。じゃあ全部話すんすね」
「ええ。それを伺いに来られたらしいので」
自分の目の前で淡々とやり取りする二人。一瞬、刑事の背を冷たいものが流れる。先程の和やかさはどこへやら、たった一つの単語で文字通り血生臭い雰囲気に変わってしまった。
これは不穏どころでは無い。刑事はそっとグラスをテーブルに下ろす。新人は全て理解したと言いたげに特に何も付け加えず、厨房へと戻って行った。
「二等級ね」
ギャルソンはそう言ってふふ、と微笑んだ。
「…東雲さん。今のは一体どう言う意味ですか?」
「はて?耳にされた通り、血液を一滴加える事がこの珈琲の隠し味、と言うことですよ?」
「それは通常の営業中も、と言う事ですか?」
「はい。もちろんです」
「その血液…動物のものですか?」
「動物ですね。人間の、ですから」
悪意など微塵も無く笑顔を崩さないギャルソン。その笑みにようやく恐怖に似た感情を抱く刑事。問い詰めれば問い詰める程、自分が追い詰められている気がするのはなぜだろう。それは彼の耳にした『不穏な噂』に続きがあったからだった。
「…先程お尋ねした不穏な噂の件ですが、続きがありまして」
「それはどんな続きでしょう?」
「『行列に並んで姿を消した人間は、二度と帰ってこない』。と言う…本当にオカルトサイトを漁り手に入れた情報なのですが」
「おや。そのサイト、知りませんねぇ。そんなホラーな噂が出回っているとは」
「情報部のアンダーグラウンドに詳しい検査官に調査させたので」
「そうなんですか。その評判は少し困りましたね」
ギャルソンは細い眼を更に細め、形の良い眉をひそめた。うーん、と小さく唸った後、今度はギャルソンが刑事に尋ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます