二品目『人気トラットリアの評判』(2)


「どうかなさいましたか?どうぞ、お好きなテーブルにお座りください」

「あ、はい。では」


 閑静な駅前、小洒落た店内、人の良さそうなギャルソン。店の奥の厨房から香って来る何とも言えない良い香り。

 刑事は近場のテーブルから椅子を引くと、そこに腰掛けた。ギャルソンはその正面の席に腰を下ろす。

 もう一度店内を一瞥して、刑事は口を開いた。


「このレストランに関して、不穏な噂を耳にしまして」

「トラットリア」

「は?」

「家はレストランではありません。トラットリアです」

「はぁ…」

「レストランの様な格式高い料理店とは異なりますので、そこだけ修正をお願いいたします」

「…失礼しました。この…トラットリアに関して、不穏な噂を耳に」


 いきなり出鼻を挫かれる刑事。ギャルソンはテーブルに両肘をついて、手の甲に顎を乗せて話を聞く体勢を取っている。テーブルの下では長い足が綺麗に組まれ、ただ座っているだけの刑事とは大違いの余裕を見せている。刑事が口にした言葉を静かに訂正したギャルソンと、有無を言わせず矯正された刑事。真面目な男なのだろう、ギャルソンの言葉に、丁寧に言葉を修正してそう言った。


「不穏な噂ですか?」

「ええ。『この店の行列に並んだ人間が姿を消す』。と言うものです」

「ああ、オカルト雑誌とかに書かれている家の評判ですね」

「オカルト?」

「はい。開店当初からの評判でして。家の店は夏と冬しか営業しないんですが…。刑事さん、階級は警部補さんですかね」

「はい、そうです」

「うーん。前にも同じような評判を、不穏だと刑事さんがいらっしゃってご説明したはずなんですけどねぇ」

「そうなんですか?…その刑事が納得して帰ったと言う事は…」

「ええ、根拠はありますよ」


 そんな情報は警視庁内で耳にしたことが無い。男の顔にはそう書いてある。無表情にしてはなかなか感情が顔に出やすい男だ。ギャルソンはわざとらしく困った様にそう言うと、その根拠とやらを述べ始めた。


「家は夏場と冬場しか営業しないと申し上げましたね」

「ええ」

「このトラットリア、おこがましくも大変繁盛しておりまして。開店前から行列ができるのです」

「それは存じています」

「そうですね、そう仰られましたしね。いや、本当に並ぶんですよ。びっくりするくらい」

「…話が読めませんね」

「そうですか?実は長い時には一時間以上待つほど遠くまで並ぶと言ってもですか?この、真夏に」

「! それはもしや」

「人も消えるわけです。誰かしら熱中症にはなりますし、長すぎて嫌気がさす方も少なくないのです」


 トラットリアAKUJIKI。そう、いつぞやに述べた通り、この店は真夏と真冬と言う極端な時期にしか営業しない。そして行列ができる人気店と言う事も間違いない。それは駅前にも関わらず、列を辿ってて軽く一キロ以上歩かなければ最後尾に辿りつけないほどである。

 ギャルソンはそれを懇切丁寧に刑事に説明した。刑事は何度か頷きながら納得した様子でそれを聞いている。



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