第二話 人気トラットリアの評判
二品目『人気トラットリアの評判』(1)
「おはようございます」
「おはようございます。おや、まだ開店には随分と早い時間ですか?」
「いえ、自分は客ではありません。貴方に用事があって参りました」
「私にですか?失礼ですが、どなたでしょう」
「自分は、こういう者です」
夏とは言え、まだ涼しい朝八時。十一時の開店はるか前。朝からギャルソンの制服を纏って店の小階段や二席しかないテラス、その周辺に繁らせた生垣の新緑の植物に水遣りをする長身の男。片手には剪定用のハサミが握られ、几帳面に伸びすぎた植物を切り落としている。
そこにひとりの男が現れた。きっちりとスーツを着込んだ三十代らしき無表情の男だった。剪定ばさみをポケットにしまいながらにっこりと応答するギャルソンとは正反対だ。身長はギャルソンの方が高いが、男も百八十はゆうに超えている様だった。武骨な印象はあるが、男前に分類して間違いない男。まだ片手に華奢なアルミ製のじょうろを持ったままのギャルソンに、男は手帳を取り出し開いて見せた。
黒い手帳に桜の御紋が縫い付けられたそれを見てもギャルソンの顔色は変わらない。開かれた手帳には、男の顔写真と『警視庁 刑事部 捜査一課』の文字と男の名前が書かれていた。
「おや?刑事さんですか」
「
「しののめ?…ああ、ああ、そうです。私が『
阿良々木と名乗った刑事がギャルソンの名を確認する様に口にすると、彼は一瞬首を傾げた。それから何かを思い出したようにその『名前』を肯定する。その様子を見て刑事の眉が一瞬跳ねた。これは、一筋縄ではいかない相手だろうと顔に書いてある。ギャルソンは端正な顔ににこにこと笑みを浮かべたままだ。
「それで?刑事さんが私に何の御用でしょう?」
「…道端でははばかられる話ですので、店内にお邪魔してもよろしいですか?」
「はいはい、構いませんよ。料理の仕込みでやかましいかも知れませんが、お気になさらず」
刑事に話を聞きたい、などと言われてこんなに穏やかどころかうきうきとした反応を示す人間がいるだろうか。怪訝になっていく男の表情をよそに、少し待っていてください、と言って手にしていていたガーデニング用品を片付けに一旦店の中へと消えて行くギャルソン。テラス側の窓からその挙動を追っても、店内の定位置らしき場所にアルミのじょうろと剪定ばさみを片付け、戻って来る様子しか見られなかった。恐らくあれもインテリアに見える内装になっているのだろう。
「お待たせしましたー。どうぞこちらから」
「…お邪魔します」
「新人くーん、お客様に珈琲をお願いします」
店の扉が開いて、ギャルソンが細い瞳に微笑みを浮かべたまま刑事を呼んだ。刑事は呼ばれるがままに扉を潜って、店内へと入った。ギャルソンは奥の厨房に向かってそう声を掛けた。だるそうな返事が聞こえて来たが、従業員だろう。
店内はまさにイタリアのバールと言った内装だった。八席ほどの丸テーブルと二脚ずつの背もたれ付きの椅子が絶妙な配置で並べられている。奥には長方形のテーブルもあり、四人掛けの席も整っていた。
店に入ってすぐ左はバーカウンターになっており、こちらにも五人ほどが座れる丸い真鍮の椅子が鎮座していた。壁一面の棚には酒瓶が並んでいる。どのテーブルにも洗い立てのクロスが敷かれていて、花が飾られている。無論、ギャルソンが趣味で育てている花だ。外の生垣でも見た気がするが、こう几帳面に飾られると美しいと言う以外言葉が無い。
店内を見回す刑事に、ギャルソンは不思議そうに声を掛けた。
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