六品目『人気トラットリアの悪癖』(4)
だが。
だが、だ。
この三人の中でも究極の悪食・ギャルソンの無機物飲食嗜好にはついていけない。
そもそも料理長もついていけていない。そんな中、黙々と作業する料理長の目には何も映っていない。これは作業だ。そう、家電製品を解体すると言うだけの作業だ。その後の事など知った事か。そう無表情の顔に書いてある。
とりあえず新人も黙々と作業をする事にした。目の前で形を失っていく洗濯機と同時に、自分の中の洗濯機と言う概念すら崩れていく気がする。段々と顔も死んでいく新人。もう、目の前の洗濯機はバラバラで「へぇ、こんな造りしてるんだ」と冷静に考えてしまえるまでになっていた。
二人の表情に反してそれを相変わらず嬉々として集め、細かくしていくギャルソンの嬉しそうな顔。
そして二時間後、洗濯機と冷蔵庫は跡形も無くただのゴミ屑と化した。
いや、ギャルソンにしたら宝の山である。ネジ一つ残さず回収し、ご満悦の様子。二人はプラスドライバーとマイナスドライバーを放り出し、ギャルソンがそれをどう調理していくのか。あとは見学に徹することにした。
「後の調理は任せてください。味見は」
「するわけねーでしょ」
「……」
すかさず放たれた新人の拒否に無言でうなずく料理長。
「してくれませんよねぇ」
「新品同然の家電崩すのがどれだけ精神的に来るか考えた事あります?」
「無いですね。生きている豚や牛を解体するのと何が違うんですか?」
「店長に訊いた俺がバカでした」
「? よく解りませんけど、新人くんはお馬鹿さんなんですね」
「アンタには言われたくないっす」
「どっちなんですか、もう」
ぷぅ、と頬を膨らませるギャルソン。大の大人がそんな子供じみた事をするのもおかしな話だが、この男は悪食の次にお茶目でもある。まぁ、百八十を超える男が言った所で可愛くもなんとも無いのだが。
ギャルソンの無機物食べたい周期は本当に厄介だ。
自分だけで食べるならいくらでも食べてくれと言いたいくらいだが、それを食べるのを他人にも要求してくるのだ。これが一番厄介なのだ。
「調理器具は大体食べましたから、今度は家電に手を出してみました」
と、前回の周期の時に言っていたのを思い出した。無論二人共どんな顔をしていいか解らなかった。
「家電自体は食べた事はあるんですけどねぇ。その時は調理せずにバリバリ食べたので、味も素っ気も無かったんですよ。ちゃんと調理すれば美味しく戴けると思うんです。皆さんにも」
「皆さん家電なんて食べたくないっす」
「まぁ、見ていなさい。数日後にはグラスのジェラート並みに美味しそうな料理にしてみせますから」
ギャルソンはそう言って細かくした時に出た削りカスすらも集めて行く。
料理長が『人間は調理した方が美味い』、と学習したようにギャルソンが学習したのは唯一、『無機物も調理した方が美味い』である。まるで死んだ魚が腐った様な目で見て来る新人もお構いなしに、一旦休憩、の号令がかかった。
それから新人に珈琲を淹れて来るよう指示が下った。
新人はガレージの隅に申し訳程度にあつらえられたコンロと狭いキッチンに向かい、コーヒーミルの前に立った。丁寧に蛇口で手を洗うと、ギャルソンブレンドのコーヒー豆を放り込む。口の狭まったやかんに水を流し込み、火にかける。慣れた手つきでがりがりと豆を粉砕していく。それをフィルターを張った逆三角形の容器にこれまた放り込む。やかんの湯が湧いたら、少しずつその豆の上から下のガラス容器に落ちるよう、湯を加えて行く。
「ああ、いい香りですね」
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