第三話 人気トラットリアの騒動

三品目『人気トラットリアの騒動』(1)


 どんがらがっしゃーん。


 ガレージにバイクを停めた新人は、そのまま驚いて大型バイクの下敷きになりかけた。慌てて自立させると、ヘルメットを抱いたまままだ凄まじい音が響いている厨房に向かって走る。ガレージ入口は開きっぱなしだが、先程料理長のランドクルーザーを追い抜いた。そろそろガレージに辿り着くはずだ。彼ならばこの厨房でどんな爆音が響いていても、シャッターを下ろすのを忘れる事は無いだろう。


 爆音。そう、厨房から何者かが争いあっているような、暴れ回っているような凄まじい音が聞こえる。正直店の前を通った時から聞こえていた。ヘルメットをした新人の耳に届いたのだろうから、周囲は騒音騒ぎでもおかしくない音量だ。

 警察でも呼ばれたらたまらない。新人は厨房の裏手扉から中へ飛び込んだ。


「店長!何があったんすか!?」


 しん、と。新人が飛び込んでそう叫んだ瞬間、天災レベルで音を立てていた厨房が静まり返った。

 何が起こったんだ?

 厨房の中にはありとあらゆる調理器具が散乱し、冷蔵庫も冷凍庫も全開。天井に備え付けられた大型の換気扇すら傾いている。まさに天災、嵐が過ぎ去った後の様な…いや、まだ終わっては居ない。新人は思わずその場でのけぞった。

 弾丸の様な速度で黒い物体が目の前を通り過ぎた。のけぞった勢いを殺してそのまましゃがみ込む。また新人の頭があった場所を黒い弾丸が掠める。


「店長!俺っす!新人くんですよ!」


 頭を抱え、思わず目を閉じながら新人がそう叫ぶと、黒い物体はその場で静止した。


「新人…?」

「そうです!キュートでチャーミーな新人くんですよ!」

「なんだ、新人くんでしたか…てっきり犯人が戻って来たのかと全力で襲撃しちゃいましたよ」


 黒い物体はゆっくりと引いて行く。おそるおそる眼を開くと、目の前でギャルソンの長い足が地についた瞬間だった。黒い物体はスラックスを履いたギャルソンの足だった。新人の背後でガラガラと音がする。予想通り、料理長が悠長にガレージのシャッターを下ろす音だ。


「あれは、料理長ですか?」

「そうだと思います、ここに来るときすれ違ったんで…。で、店長?なんでそんな泣く子も殺す様なドスの効いた声なんですか…?」

「私の…大事なものが盗まれたのです」


 以前述べた事もあったかもしれないが、ギャルソンは足癖が悪い。と言うか、非常に攻撃的な足をしている。その威力は述べたことが無かったと思うが、後述するので先に述べておくと、グリズリーすらその足で仕留めた事のある鋼のおみ足をお持ちだ。そんなもんが遠慮も容赦も無く当たった日には、新人の首など簡単に胴体と泣き別れて地面に転がる。その攻撃を避け切った新人がいかに普段、ギャルソンの足技を食らっているかだ。無論、ギャルソン的には無茶苦茶手加減をしているが。

 ギャルソンは基本、気が長い。時折呆れるほどにだ。

 大抵のことには興味が無いと言っても過言ではない。そのギャルソンが、目を開いた新人の前で、しっかりと瞳孔の開いた目を湛え、いつも整っている髪形を崩してまで怒っている。

 そう、ギャルソンは怒っていたのだ。

 後から厨房を覗いた料理長が、まだ立ち上がれないでいる新人の腕を掴んで引き摺り上げてくれた。ようやく地に立てた。見たことも無いようなギャルソンの形相に、泣きそうな新人の頭をぽんぽんと撫でてくれる料理長。『大丈夫か?』。普段、料理長の言葉を理解できない新人でも理解できた。こくこくと頷く彼の背後で、ギャルソンがまた物に当たった。


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