一品目『人気トラットリアの内情』(3)


「出来ました!」

「ほう。先日よりも上達していますね。んん…しかしまだ『あっち』の内臓は任せられませんね」

「えー!うまく切れたじゃないですか!」

「ここ見てください。三ミリ幅が四ミリになっています。それから上部と下部の厚みが違う。気付いてますね?」

「店長チェック厳しすぎっすよ…気付かねぇっす、普通」

「それくらい当たり前です。私の切ったものと並べてごらんなさい、一目瞭然ですから。はぁ…だから君は『豚のレバー』止まりなのです」

「…確かに並べてみると解るっすね」


 並べてみなさいと言われて包丁でレバーの束を持ち上げバットへと移す新人。確かにギャルソンが切ったものと彼が切ったものではなんとも言えない違和感が生じている。ギャルソンが機械以上に几帳面なせいだと彼は思うのだが、その精密さを身につけなければ彼の捌きたいこの店本来の『内臓』の処理は任せてもらえないだろう。

 豚のレバーはある程度丈夫だが、他の内臓はそうはいかない。新人はギャルソンの捌いたものと自分の捌いたものを見比べながら唸る。


「何をしているのです、早くラップを被せないと乾いてしまうでしょう」

「あ、はい、すんません!」


 もう既に包丁を片付けているギャルソンに声を掛けられ、新人ははっとして業務用のラップを取りに走る。


「……」

「何ですか、料理長?」

「……」

「そうですね。豚とは言え悪くない捌きになってきました。最初の頃に比べたら五十点くらいはあげたいところです」

「お二人共何の話ですかー?」

「なんでもありません。明日のメイン料理の話です。君には関係ありません」

「関係ありますよ!あの『食材』を見つけたのは俺…」

「では、君に明日のコースメニューの采配ができますか、このお馬鹿さん」


 お馬鹿さんと言われても言い返すことができない。確かにランチメニューもディナーメニューも、コース料理の中身を決められるほど彼はこの店の料理に精通していない。と言うか毎日の様に変わるメニューやいきなり現れる新作メニューを全て把握などしていられない。彼にできる事、それは二人が作り上げる料理の『食材』を調達する事、そして『メイン料理』以外の料理の仕込みと調理。

 この店のメニューは毎日がらりと変わる。それを決定するのは全て料理長では無くギャルソン。

 メニューが変わればはずれも出るかと思いきや、はずれた試しはただの一度も無い。

 『食材』の仕入れ状況によってはトラットリアとだけあってコースメニューは消える時もある。それでも一品料理は毎日盛況で、美味い酒にもありつけるとあって客足は落ちる事が無い。


「お馬鹿さんは無しって言ったじゃないっすかぁ…」

「それは職務中のお約束です。今日は定休日ですからね。本来なら君はここに居ないはずですが、上等な『食材』をわざわざ運んで来てくれたので、昼食は私が作って差し上げましょう」

「まままマジっすか!?」

「料理長も家族団欒をしたい所を呼びつけてしまったので、それで許してください」

「……」

「『俺もお前の料理が食いたい』?任せてください。ちゃちゃっと美味しい物を作って差し上げます」

「店長の料理だー!」

「新人くんはいつもテンションの乱高下がすごいですね。いいからレバーを片付けなさい、そろそろ本当に傷みます」

「はい!」


 ギャルソンがまな板を広げた場所はギャルソン専用の調理場でもある。こんな大きなバットがあっては調理に取り掛かれない。褒められていたとも知らない彼が持って来た業務用の長いラップで厳重に封をすると、うきうき状態の彼はバットを抱えて冷蔵庫に急ぐ。


「何が食べたいですか?」


 空になったバットと、レバーから零れた血にの滲んだまな板を片付けながらギャルソンが二人に問う。


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