三品目『人気トラットリアの騒動』(8)
料理長は無言でうなずいた。途端、危険信号しか発さなかった瞳が元通りの細さに戻った。ただひとつ、憎しみに似た光を宿したまま。ギャルソンはそのまま無言で厨房の中を歩き回る。何かを探しているようだ。目的の物を見つけたらしいギャルソンが屈みこむ。新人は恐る恐るそんなギャルソンに声を掛けた。
「あの、店長?こいつ、警察に突き出します?」
「その必要はありません」
そう言って立ち上がったギャルソンの手には、彼専用の刃渡りの長い包丁が握られていた。
男はいよいよ身の危険を感じる。殺される、その言葉が脳裏をよぎり、自由にならない手がもだもだと動く。だが全く立ち上がれる気配も、逃げられる気配も無い。
そんな男の脇にギャルソンが立った。台の端に大切なプリンを置いて、包丁の刃に欠けが無いか確認する。
「安心なさい。貴方は『まだ』死にません」
ギャルソンの低い声が男の鼓膜を叩いた。まだ?まだとはどういう事だ?
「新人くん」
「はい!」
「見ていなさい。君が初めて見る、私の特技です」
「え?」
瞬間、厨房の中に疾風が走った。
男はきょとんと眼を瞬かせた。しかし、視界に見える新人の顔には驚きの色しか浮かんでいない。
「当人が『捌かれた事すら気付かない』高速解体。これが私の特技です」
高速解体?解体?何を解体したんだ?
男の頭ははっきりしたままだ。だが、おかしい。先程まで感覚のあったはずの両手足や体の感覚が感じられない。
そのまま男の頭は右に傾いた。ころころ、と。そのまま転がって、床に落ちた。
見開いた目に入って来たのは、台の上に見るも無残に『解体された自分自身の体』だった。
え?
口に出そうにも声帯はもう断裂されている。そう、首も斬り落とされていたのだ。
その頭を料理長が拾い上げた。
「……ご愁傷さま」
「すげぇ…店長…」
「『貴方』はこのまま一日、自分の肉が、骨が、内臓が、店の客に提供され、食される所をよく見てから死になさい」
ギャルソンはそう言い放って男の服の残骸で包丁を拭った。それだけの時間をおいても、男の体…ずたずたの状態だが…から血液が流れ落ちる様子も無い。体が男の頭部同様、『捌かれた事に気付いていない』のだ。
何も言えない、何も叫べない頭部は、料理長の手によってこねられていく。痛みは無い。だが人間の顔は崩れ、ぐにゃぐにゃと練られ、最後には猫の置物の形にされてしまった。
そこでギャルソンはようやく、いつもの花が咲いた様な笑みを浮かべた。
「これで自分が食われる瞬間が、最期まで見物できますね」
男の頭はそのまま厨房を出て、店のカウンターに飾られた。
未だに、何が起きたのか、これは夢ではないのかと自分に問いかけたまま。
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