六品目『人気トラットリアの悪癖』(7)


「さて、一品目の試作完成です」


 ギャルソンはそう言って手を打った。

 そう、これはあくまで試作品。まだ完全に完成する訳ではない。ここからギャルソンの執念が続く限り、一般人が口にしても問題ない程の味、安全性を追求していくのが無機物料理なのだ。


 早くも二品目に取り掛かるギャルソンの背中を、ガレージに据え置かれた椅子に腰かけて見つめる二人。


「楽しそうっすね」

「……」

「なんだかんだ言ってあの人、料理自体好きなんすよね」

「……」


 新人のぽつりぽつりとした呟きに、料理長は無言で頷く。

 そう、ギャルソンは店を切り盛りするにあたってギャルソンをしているだけで、その調理の腕前は新人、あるいは料理長でさえ凌駕する。

 『美味しいものが食べたい』。それだけの欲求で生きて来た男が辿り着いたのが、『食べられないものなど認めない』、『なんであっても調理してみせる』と言う執念だった。だから彼は手を抜かない。例えそれが無機物料理であってもだ。

 店長がそんなにがんばってるなら、一口くらい食ってもいいかな。ぬるくなった珈琲に自分の顔を映しながら、新人は少しだけそう思った。無機物料理は安全性も考えられている。それくらいの知識はここ三年近くで付けてきたつもりだ。

 だが、だ。ギャルソンの本当の悪癖はそれだけではないのだ。


「ん、そのまま食べても美味しいですね。やっぱり」

「前言を全力を以て撤回する」


 簡易キッチンで冷蔵庫のカルトッチョ(包み焼き)を作っていたらしいギャルソンが、つまみ食いをしている。

 無論、細かくしただけの冷蔵庫の取っ手部分をだ。何も調理せず。そのままである。新人は電光石火の速さで自分の言葉を撤回する。珈琲に映る自分の目は、先程までの解体時同様、無が宿っていた。

 やはり無機物を食べるのが好きなだけなのかもしれない。バリバリと、その一時期ボロボロになった歯でどう噛み砕いているのか。取っ手には綺麗な歯並びの齧り跡がついていた。


 * * * * * 


「試作三日目、そろそろラザニアの問題を解決しないといけませんね」

「ノートパソコンのキーボード食いながら言うのやめてもらえます?」

「私が丹精込めて剥いだおやつです。食べます?」

「食べられないっす」


 物理的に。恐らく普通の人間が食ったら消化不良起こして死ぬ。新人は内心そう思う。

 硝子の器に山と盛られたノートパソコンのキーボードを、一枚ずつぽりぽりと口に運ぶ。そう、それはまるでチョコレートの欠片を口に運ぶように当たり前の動作。しかも色が黒だったり白だったりするから本当にチョコレートに見えない事も無い。

 その手を止めて、ギャルソンは目の下にうっすら浮かび上がった隈を長い指先でこすった。

 試作三日目。ギャルソンは寝る間も惜しんで新無機物料理の開発に取り組んでいるらしい。

 例の一品目のラザニアは、特に苦戦しているらしい。その他に四品ほど試作していたようだが、こちらはギャルソンの満足が行く出来になったらしい。


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