第四話 人気トラットリアの過去

四品目『人気トラットリアの過去』(1)


「あうううう」

「どうしたんすか、店長?」

「この暑さで冷蔵庫の効きが悪くなっているのか、数体の『食材』がダメになってしまったんですよぅ」

「えええ!まじっすか!?」

「マジでガチなんですよぅ」

「まぁ、今日も含めてあっついですからね…料理長あのざまですもんね」


 本日は定休日。それでもトラットリアに集ってしまう三人組。何故なら新人の家にはクーラーが無いし、料理長の家族は嫁の友達と避暑に行ってしまっている。一番涼しいのが職場と言うだけだ。

 あのざまと言われた料理長はガレージで子供用プールに水を張って足を突っ込んで団扇で無心に自分を扇ぐ半袖アロハシャツにハーフパンツのオッサンと化している。滴る汗のせいで首筋には保冷剤を巻いた手拭いを引っ掛けていた。額にも勿論、水で冷やした布を巻いている。完全に暑さでくたばっているではないか。


「今年の夏は異常っすよ。店長はなんでそんな涼しい顔で居られるんすか?」

「この夏の暑さより暑い場所に住んでいたことがあるからですよ」

「はぁ…?沖縄とかっすか?」

「沖縄なんて逆に涼しいですよ。ちょっと海外の暑い地域に」

「想像もつかねっす…。てか、店長は海外に居た時期、長かったんすよね?」

「ええ。父に許しを得てからずっと、世界中の食の探求をしてましたから」

「料理長とも海外で出会ったんすか?」

「その話は三年目にと言ったでしょう。…まぁ、いいでしょう。少し前倒しで話して差し上げます。暇ですし」

「……誠」

「はいはい、なんでしょう」

「偽名の癖に料理長が呼ぶと即反応するんすよね」

「あだ名みたいなものだと思えば」

「……暑い。触手も冷やして…いいか?」

「どうぞお好きに」

「ええ!?誰かに見られたらどうするんすか!?」

「食材にしましょう」

「店長も結構暑さにやられてますね!?」


 冷房のきいた厨房で、ギャルソンと新人は向かい合わせに腰掛けて中央の台で話していた。もちろん、いつも同様、錆びも汚れも一つも無い綺麗なステンレスのテーブルだ。

 冷たさを求めるようにその台に張り付いて会話する新人と、目の前に置かれたアイスティーを飲むギャルソン。足はいつも通り綺麗に組まれ、凶暴さはなりをひそめている。冷房が効いているとはいえ、まだ来たばかりの新人の額には玉汗が浮かんでいた。

 二人がやって来てから涼しい顔をして二階の自宅から降りて来たギャルソン、三人分のアイスティーを振る舞ってはくれたが、料理長は早々に、冷蔵庫から2リットルのペットボトルを三本抱えてガレージへと行ってしまった。

 その料理長が姿を見せたと思ったら、目は死んでいるし、大きな体躯は非常に怠そうだ。

 触手。料理長は確かにそう言った。そう、先日の泥棒騒ぎで大活躍したあの料理長の『触手』だ。

 ギャルソンの故有る偽名、東雲誠しののめまことと言うが、普段それを呼ぶのは料理長だけだ。その料理長との出会いのいきさつを訊こうとした直後、当の本人が現れた。いや、新人は別に店長の名前も料理長の名前も何でもいいのだが。確かにギャルソンと料理長の出会いには興味がある。

 現れた料理長の問いに雑極まりない返答をするギャルソン。慌てて新人が突っ込むがどうやらギャルソンの頭もそこそこに沸いているらしい。料理長はそれで納得したらしくさっさとガレージへと戻ってしまった。


「あの…触手冷やすって…」

「大丈夫ですよ、シャッター閉めてますから」

「いや、開けてますよ。風が通らないから、とか言って」


 ガタッと立ち上がるギャルソン。よもやシャッターが開いているとは思わなかったらしい。厨房内のシャッターを下ろすボタンに歩み寄り押す。外からシャッターが閉まる音が聞こえてくると同時に、また料理長が姿を現した。


「……誠、閉めるな……」

「閉めますよ、触手を冷やすなら店内かシャッターを閉めてからにしてください。これ以上変な評判が立つのは困るんですよ」

「……」



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