五品目『人気トラットリアの狂気』(7)
「犬、食いますよね?店長が」
「……」
料理長はこくりと頷いた。ギャルソンの悪食ならば、犬程度、スーパーの肉を調理するのと同じ感覚だろう。これは良い土産ができた。
「実はあと一人残ってんすよ。OLさんでしたっけ?」
「……彼女は……今日は……来ない……」
「え?解るんすか?」
「……風邪をひいて……仕事を休んでいる……らしい……」
「ええー!つっまんねー!なにその理由!」
まだ、もっと殺したい。新人の瞳にはあからさまに不満が映る。だが料理長を責めても致し方の無い事だ。
料理長は地面に折り重なった三体の死体を、ホームレスの死体同様逆さ吊りにして行く。まだ新しい死体からはぼたぼたと血潮が零れ落ち、アスファルトを濡らして行く。その血痕を、料理長の腰付近から生え出した触手が特殊な体液を散布して消して行く。料理長が歩いて来た方角にも、血痕など一切見当たらない。
やはり料理長は頼りになる。…人肉ツリーと化した現在の様子を目撃さえされなければ、の話だが。
「……代わりに……」
「代わりに?」
「……誠から……連絡が、あった……」
「それって…」
料理長はそのまま新人の耳元に唇を寄せた。ぼそぼそ、と呟かれた説明に新人の瞳が輝きだす。
「了解っす、了解っす!早く行きましょ!」
「……」
料理長はまた一つ、頷いた。零時が近付く夜の闇の中を、二人はとある方向へ歩んでいった。
* * * * *
少女は震えていた。帰って来てからずっと、大好きなキャラクターの描かれた布団をかぶって、ベッドの中でずっと。夕飯も食べていない。気分が悪い、そう言って断った。両親は一人っ子の自分の事を気遣ってくれたが、今日はそれどころの騒ぎでは無い。
いつも三人でご飯を食べに行くあのお店。トラットリア…なんだったか。いつも『あのレストラン』と呼んでいるので覚えがない。
今日は気温が上がり過ぎて、エアコンの無い学校では熱中症の生徒が何人か出た。その結果、下校時刻を待たず児童を家に帰すことが決まった。その帰り道だった。いつも通る、あのレストランの立派なガレージ。レンガ造りの建物は大きく、その裏手を通りながら次は何を食べたいか考えるのが、少女、由香里の楽しみだった。
だが、今日、いつもはきっちりと閉まっているガレージが半分ほど開いていた。
好奇心で、彼女は覗いてしまった。その中を。そして驚いた。コックさんから、大量の触手が生えていた。顔は怖いがいつもデザートをおまけしてくれる、本当は優しいコックさん。
化物。その言葉が脳裏をよぎった瞬間、彼女は悲鳴を上げて走り出していた。
うねる触手の中に、彼女が淡い憧れを抱くギャルソンの姿が見えた気もした。だが無我夢中で走った。怖かった。何故か、その触手が、触手の色が、そしてその中に佇む二人が、すべてが 怖かった。
いつもなら眠っているこの時間。脳裏に焼き付いた光景は薄らぐことは無かった。真っ暗な部屋の中で、少女はまた体を震わせた。
こつん。
はっとして布団から顔を出した。二階に面した自分の部屋。その窓に何か当たった気がした。
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