第36話 猫が渡る川と季節

 …公園駐車場脇の草の斜面を10メートルほど下がった先にはコンクリートの川堰があり、思川渓流は堰の上手側で子供の胸くらいの深さの淀みが出来ていました。

 もちろん水は透き通った綺麗な沢水で、要するに自然のプールといったような場所なのです。

 実際に川の中で子供を遊ばせたり、また川岸の水辺ではバーベキューをしている家族連れなどもいて、みんなで真夏のバカンスを楽しんでいる風景がそこにありました。

 私とマキはエアコンの効いた車内で気持ち良さそうにへよ~んと寝ていたみにゃんを素早く抱きかかえると、外に出してそのまま川へと降りて行きました。

 Tシャツに短パン、裸足にサンダル履きの私は、猫を抱いたまま溢れ水が流れるコンクリート堰の上をずんずん歩いて行きました。

 堰を乗り越えて流れる水勢は私の足首の上まで盛り上がり、しぶきをあげながら心地好い水圧で身体を冷やしてくれます。

 しかしみにゃんの方は堰を流れ落ちる水の響きにビビって、真剣な顔で私の身体にガッツリとしがみついていました。

 それを強引にひっぺがして、足をバタバタさせている猫を足元の水に降ろしました。

 水は堰上に四つ足で立ちすくむ、みにゃんのお腹の深さでごうごうと流れています。

 猫は恐怖体験中のどんぐり眼のまま固まり、私はそのままみにゃんの頭部を除く全身を水の中でわしゃわしゃと両手で洗いました。

 体毛をほぐすように流水の中で一気に猫洗いを強行したら、みにゃんは水に浸かったまま川岸に向かって歩き出しました。

 横からの流水圧に負けじと足を踏ん張りながら、必死な表情で堰上をゆっくりと岸を目指して懸命に進むみにゃんの姿は…感動的に面白いものでした。

「頑張れっ !! み~にゃんっ !! 頑張れっ !! 」

 川岸ではそう叫んでバスタオルを広げたマキが待っていました。

 野生動物の根性とプライドで、ついに川堰を渡り切ったみにゃんはマキに抱き上げられ、ぐるぐるとバスタオルで巻かれたのでした。

「やった~っ !! 」

「すごいぞ!みにゃん !! 」

 無邪気にはしゃぐ猫馬鹿夫婦でしたが、当のみにゃん君は濡れた身体の冷たさと、水に浸かった残留恐怖感にびくびく震えてマキの胸にしっかりとしがみついていたのでした…。


 …みにゃんがひたすらグッタリ伸びてた夏が過ぎ、台風もいくつか過ぎ、お彼岸も過ぎ、プロ野球シーズンも過ぎると、一気に気温が下がって寒くなりました。

 季節はどんどん移り変わって行きます。

「気温は、みにゃんが人との間にとる距離に比例します!」

 …これは、暦が秋から冬に向かう季節に、マキが非公式に発表した新しい学説です。(対人間接峙距離に於ける猫と気温の関連特性理論)

「夏はどっかに離れてて呼んでも来やしなかったのに、秋になると引っ付いて来て、冬は私にべったり甘々のみにゃん君だもんね!」(統計データによる理論の立証)…※ただし世界動物生態学会未発表

 と、要するに最近めっきり寒くなったのですりすり近寄って来たみにゃん君にラブラブ嬉しいマキなのでした。


 …そして、くっきりキレイな星空の晩にマキの寝る布団の中へ猫がもぐり込んで来る12月には、お義母さんの一周忌が巡って来ました。





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