第12話 思い出新基準 ! からの会津

 川西町を過ぎると車は国道121号線に入り、山形、福島県境の山越えに挑みます。

 …と言っても近年このルートは道路が全面改修されて峠付近はトンネルがいくつも連続する新道になったので、ワインディングの少ない一般道ハイウェイとなりました。

 …とは言え、急峻な山容が連なる県境へはかなりの登り勾配で、気圧の変化が鼓膜に響く車内から山の上方を見上げると、白くモヤのかかる山ひだや沢陰には残雪がまだあちこちにありました。

 …標高700メートル付近で県境の大峠トンネルに突入。

 トンネル長は約4キロメートル。

 ひたすら登坂路をアクセル踏み込んで来た愛車フォードレーザーセダンは、まっすぐ平坦なトンネル内に入るとついつい速度が上がります。

 …アクセル加減に注意しつつ県境の長いトンネルを抜けると…!

 何も変わらず山国でした。

 福島県に入っても周囲は険しい山岳地帯で、まだまだ次々と連続するトンネル (通称レインボートンネル) を車はずんずん突き抜けて行きます。

 やがて車窓左手に日中ダムの貯水湖が見えてくると、標高が徐々に下がって最後の短いトンネルをくぐるとその先は突然の右急カーブ、それから大きく山腹を左に旋回するようなカーブで一気に谷を下って行きます。

 …山から降りると、谷が開けて田畑や人家が現れ、しばらくぶりの人里です。

 ここは福島県内でも独自の歴史と文化で栄えた趣のエリア、会津の国…に車は入って来たのです。

 間もなく道路左手に熱塩温泉の旅館の看板が見えてきました。

 そこは昔、私とマキが初めて一緒に旅行した時に泊まった思い出の宿でした。…その時は冬、鉄道での旅だったので今回とは違うルートでしたが…。

「ほら、熱塩温泉だよ!…以前に2人で来ただろう !? 」

 私は外を指さし、マキに言いました。

 ところがマキはとんでもない言葉を返して会話はメチャクチャな流れになってしまったのです。

「アツシオ?…知らな~い、私じゃ無い、他の人と来たんだ!」

「はぁ?…何言ってんの !? …列車に乗ってほら、喜多方駅で降りて雪の中をタクシーに乗って来たじゃないか!」

「知らな~い、覚えてない!違う人だ!」

「おいおい!勘弁してくれよ、何でそんなにアッサリ忘れるんだよぉ !! …玄関前で宿のスタッフがショベルカーで雪かきしてたじゃん !? 」

「だって覚えてないもん!…知らないもん!」

「…う~む…!!」

「あっ、じゃあ…蛇出た?」

「出ないよ !! 旅館に蛇が出るわけ無いだろ !? 」

「…じゃあ覚えて無い!」

「ええっ !? …それじゃ、思い出はまさかの蛇基準?」

「そっ、蛇基準 !! 」

「…そんな…!」

 …と結局最後は絶句して夫婦の会話終了。

 そして再びマキは眠りにつきました。


 …蛇が出なかったので忘れ去られた哀愁の熱塩温泉を過ぎ、サラサラ走って国道121号線の喜多方バイパスへと左折すると「道の駅 喜多の郷」がありました。

 さすがにちょっとロングドライブの疲れが出てきたので車を入れて休憩します。

 この道の駅の特色は、何と言っても日帰り温泉施設「蔵の湯」があることです。

 館内の食堂では、喜多方ラーメンはもちろん、ラーメン丼やラーメンバーガーなど、ここだけのメニューがあってなかなか楽しいところです。

 また、駐車場の隣に一段高い草の土手があり、土手を上がると大きな貯水池が水を湛えています。…水面には白鳥や鴨やアヒルがスルスルと遊んでいました。

 …私はみーぽんを車から出して来て貯水池の水鳥を見せ、池端の遊歩道に降ろしてみましたが、幼い子猫はまだ歩くことが出来ずに、近くまでスイ~!と寄って来たアヒルを不思議そうに眺めてポヨンとしていました。

 …私は猫と車に戻り、シートを倒してお昼寝仮眠を取ることにしました。

 用意してきたタオルケットをお腹に掛けると、自然と眠気が訪れて来て、いつの間にか私は睡魔に意識を奪われて行きました。



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