第2話 マキの猫ママデビュー

 …大家さんのお嬢ちゃんは切羽詰まったような思いつめた顔を私たちに向けています。

 さらに驚いたことには彼女の後ろにはおばあちゃんが孫の肩に手を置いて立っていたのです。

 そしてお嬢ちゃんの手のひらの中には黒い小さなハムスターみたいな生き物がチマリンと丸まっていました。

「まあっ!…この子が捨て猫ちゃんなのね !?」

 マキがさっそく反応して顔を近づけて覗き込みます。

 それは生まれたばかりのまだ目も開かない赤ちゃん猫で、小さなか細い声で懸命にミャ~ミャ~と鳴いていました。

「こんな子、また箱に戻しに行ったら明日には死んでしまうわ!」

 マキが私に言いました。

「そうなの、孫もそう言って泣くのよ!…可哀想でねぇ…だから森緒さんさえ良ければこの猫ちゃん、面倒見てやってもらえないかい?…大家には私からちゃんと話しておくから…!」

 お嬢ちゃんの脇でそう話すおばあちゃんの言葉を聞いて、マキの眼はキラリ~ン☆と輝き、もう喉からは手が出ていました。

 それでも一応私に、

「…どうする?」

 と訊きましたが、もはや受け入れる以外の選択肢は無いことはハッキリしていました。

「お前がきちんと育ててみるっていう気持ちなら、貰えば良いんじゃないか?」

 私がマキにそう答えると、お嬢ちゃんはホッとした顔をして、

「よろしくお願いします!」

 と言って子猫を差し出しました。

「良かったねぇ…!」

 おばあちゃんも笑顔で孫の頭を撫で、真夜中の子猫受け渡し式がとりあえずめでたく終了する中で、私は

(しかしおばあちゃんを引っ張って来るとは…このお嬢ちゃんはなかなか策士だな…!)

 と思ったのでした。

 …という訳で森緒家に新たな家族となった一匹の子猫を抱えて家の中に戻ると、マキは眠気も吹っ飛んだ様子でさっそく猫ちゃん乳母になる仕度を始めたのでした。

「まずはこの子のお家だわ!…よしっ!」

 張り切ってパタパタと動き回るマキを私は布団の中から他人事のように見ていましたが、そのうちに睡魔に襲われいつの間にか眠ってしまいました。


 …翌日は土曜日で、私もマキも会社は休みでしたが、

「ねぇ、見て見て~!」

 身体を揺すられ、私は無理やり起こされたのでした。

「…ん~ !? 」

 眠い目をこすりながら上体を起こして見ると、何と子猫はコンビニで売ってた冷やし中華の空の容器に入れられていました。

 中にはタオル地のハンカチが敷かれ、さらに以前私がクレーンゲームで捕った小さな亀のマスコットと一緒に容器に入った子猫は丸まって寝ていました。

「…なぜカメと一緒?」

 私が訊くと、マキは

「お母さんの替わり…赤ちゃんだから身体を預けられるものが要るのよ!…これでにゃんこハウスの出来上がり~!」

 と得意げに言って笑いました。

 …という訳でにゃんこハウスに納まった赤ちゃん猫はまだ開いていない目を覚ますと、さっそくミルクを欲しがってミャ~ミャ~とか細い鳴き声を上げました。

 マキは脱脂綿を小さくちぎってピンセットでつまみ、牛乳を浸して子猫の口に与えると、子猫はチルチルと吸いました。

「や~ん、可愛い~っ!」

 ミルクを与えながらマキは胸がキュインと震えたのでした。

 …ところでミルクはともかく、ウンチの方はどうするかというと、やはり脱脂綿をちぎって水で濡らし、ピンセットで挟んで子猫のお尻をツンツンと刺激するのです。

「赤ちゃん猫はまだ自分でうまく排尿できないから、通常は親猫がお尻を舐めて刺激してウンチさせるのよ!」

 どうしてそんな知識を得たのか分かりませんが、マキはすっかりお母さんの顔になって言いました。

「なるほど…ところでこの猫、今日はどうする?」

 …ミルクを飲んで、今は冷やし中華容器の中でへにょ~んと眠っている子猫を見ながら私が言うと、

「私の実家に見せに行く~!」

 マキはテンション高らかに言いました。

 やはりこの生まれたばかりの子猫は予想通りマキの最高に楽しいオモチャになったのです。

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