第34話 漁港まつりのウニ

 …蛇との激闘を終え、橋を渡って松川浦のチビ島に行ってみると、内海の水面には何本もの竹棒が差してあり、どうやら海苔を作る養殖の仕掛けのようでした。

 向こう側の岸辺付近は干潟になっていて、おそらく絶好の潮干狩り場といった様子です。

 私が幼かった頃はまだ京葉地区の東京湾岸もこういう環境だったんだろうな…実際に私も子供の頃、現在のディズニーランドの辺りでアサリ掘りをした記憶があるし…などとここの景色を見ながら私はちょっと懐古的な感傷が胸をよぎりました。

 チビ島からの眺めは、松川浦と太平洋の海水が出入りする入江口の上に大きな白い橋が架かっているのが、まるで絵葉書の風景のように見えました。

 その景色を楽しむ私の頬に当たる風には潮の匂いが感じられました。


「遅かったわね…何か面白いものでもあったのかしら?…」

 車に戻ると、マキが読んでいた本を閉じて私に言いました。

「フフフ!…恐怖の大蛇対みにゃんの激闘バトルがあったよ!」

 と言うと、

「えっ!何それ?」

 マキは驚いて聞き返しました。

「お前も一緒に来れば緊迫のガチンコ対決が見られたのにな!」

 さらに言うと、

「え~っ !? 何ナニ?みにゃんに何があったのよぉ~っ?」

 一人取り乱すマキがちょっと可哀想になったので、みにゃん対青大将のバトルの模様を詳細に伝えてやると、マキは、

「…要するに蛇さんをオモチャにして遊んで来たのね、みにゃんは…!」

 と言いました。

「お前もあれ見たら一生の思い出になったのに!…蛇がらみだし」

 と言うと、マキはちょっと怒って叫びました。

「蛇の思い出はもう要ら~ん!キーッ !! 」

 …という訳でマキが不機嫌になったので、私は素早く車をスタートさせました。


 先ほど松川浦のチビ島から見た入江上の大橋を渡ると、道路は海岸べりの巨岩の中をトンネルで突き抜け、気分良く車を走らせると間もなく右手に大きな漁港がありました。

 その時漁港の上空に、パンパン!と運動会などで使う合図用の花火の音がしたので、

「何だろう?」

 と思って車を向けると、今日は「漁港まつり」というイベントをやっているのでした。

 …まだ混みあうほどの人出はありませんでしたが、今日は漁港が一般の人々に解放され、水揚げされた魚や海産物などが即売されて活気を見せ始めていました。

 …駐車場に車を停めて、会場内に並べられた海鮮品を眺めながら水揚げ場の建物の脇にブラブラ行くと、場内の道の真ん中にハッピに鉢巻姿の若いお兄ちゃんが威勢良く声を上げていました。

「は~いいらっしゃい!生うに生うに!生うにいかがっすかぁ~っ !! 」

 見ると、夏場に庭先で子供を水遊びさせる、例の空気で膨らませる丸いビニールプールの中に海水が張られ、黒いトゲトゲのウニがたくさん入っていました。

「生きてるウニだよ!いかがっすか?今すぐ食べられるよ!旨いよぉ~っ !! 」

 私は大いにウニに惹かれてお兄ちゃんを見ると、ちょっとお酒が入っているのか顔が赤らんで良い機嫌のようでした。

「すぐ食べられるの?…1個いくら?」

 と訊くと、

「今日は大サービスの1個300円!税込み!どうっ?」

 と良い機嫌のお兄ちゃんの言葉に乗せられて、私は結局1個頂くことにしました。

「ありがと~っ !! すぐ食べるよね!…はいよ~っ !! 」

 お兄ちゃんはプールからウニをすくって、慣れた手つきでウニの腹にナイフで切れ目を入れると、卵を割るようにパカッとウニを開きました。

「はいよ、お待ち~!」

 お兄ちゃんはウニと一緒に、軍手を片手分と小さなスプーンを出してくれました。

 割られたウニの中を見ると、濃黄色の卵巣がボチッ ! と入っていました。…それをスプーンですくって口に運ぶと、まったりとしたウニの香りが私を幸せにしてくれました。

「旨~い !! …風味が濃厚なのに生臭さが全然無いよ!良いねぇ、このウニ!」

 思わずそう言うと、

「だって新鮮だもん!生きてるんだから !! 」

 お兄ちゃんもそう応えて、2人で笑顔になったのでした。

(…何だか良い所じゃん、福島浜通り!)

 私は一人ほくそ笑む食いしん坊万歳風味の旅人になっていました…。





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