第28話 春の日の猫じゃらし対決
…お正月も七草が過ぎ、みんながまた日常の仕事モードに返っていくと、お義母さんもがんセンターの入院生活に戻りました。
「…ところでお義母さんは、肺がんなのに煙草を喫って大丈夫なのか?」
私は気になっていたことをマキに訊きました。
「良いのよ!…正直言って治るかどうか分からないし、だからもう当人の好きなようにさせて上げるの!…入院生活も退屈だろうしね」
マキはそう言うのでした。
その後も私たちは出来る限りがんセンターを訪れ、マキはお母さんの好物を差し入れしました。
8階の入院病室からは、外来者用の駐車場が良く見えるので、ルーフに白い大きなキャンバストップ仕様の私たちの車はよく目立つらしく、お義母さんにも容易に発見できるものだったようです。
すでにお馴染みになった看護師さんが、先に私たちの車が駐車場に入るのを見つけると、お義母さんに知らせてくれるようになりました。
「あら、差し入れが来ましたよ!」
…という訳で、お義母さんも幸か不幸かすっかり入院生活に慣れて行き、季節もまた冬から春へと流れて行きました。
そんなある日、がんセンターにいつものように2人で訪問すると、マキは看護師に呼ばれ、主治医の先生からこの先の治療方針について説明を受けました。
…面会時間が終わり、家に帰る車の中で私はマキに訊いてみました。
「先生からの話って何だったの?」
マキはしかし私を見ずにしばらく黙ったままでした…。
冬の寒さが過ぎ去り、春の陽気がふんわりと街を包み始めてきた頃、お義母さんは半月ほど仮退院となり、再び家に帰ることが出来ました。
団地の周りの街路樹は新緑の芽吹き、公園の植え込みの雑草も緑の目覚めが日に日に風景を彩り始めて人々の気持ちも浮かれ出す季節です。
「お義母さん、ひとまず家に帰ることが出来て良かったですね!」
マキと私は週末、団地に退院して来たお義母さんを訪ねました。
…と言っても、今までも毎日のようにがんセンターで会っていたので特に気持ちが大きく変わる訳でもありませんが…。
「ありがとう!…だけどやっぱり我が家は落ち着くわねぇ…毎日がんセンターで寝てるばっかりじゃあ足腰が弱ってしまうわ!」
お義母さんは笑って言いました。
「じゃあお前たち、お母さん連れて近所を散歩してこいよ!」
マキとサチにお義父さんがそう言いました。
「よし、それじゃあ今日は陽気も良いし、みーちゃんも連れてみんなで公園に行こうよ!」
私は猫を抱いて立ち上がりながら言いました。
…という訳で女性3人と私とみーぽん、計4人+1匹は団地脇の公園までてぷてぷ歩いて行きました。
団地脇、住宅地の中の公園は芝生みたいに短く刈られた草の広場があり、その周りを植え込みや何本かの樹木が囲んだ長方形の敷地になっています。
…私たちは公園の中でみーぽんを放して好きに歩かせてみました。
「う~ちゃん !! う~ちゃん !! 」
するとお義母さんは植え込みから雑草を1本抜いて来て、みーぽんの鼻先から4メートルほどの距離のところでチャラチャラ振って猫を挑発しました。
「あっ!ずる~い、私も !! 」
それを見てマキとサチもお母さんと並んで雑草チャラチャラを始めました。
みーぽんはスフィンクス状に身体を沈めて、短い提灯のようなボサ毛のしっぽ (ボブテイル) のついたお尻をチョチョッと左右に振りました。(これは猫特有のハンティングポーズなのです)
次の瞬間、みーぽんがダッシュして飛びついたのはお義母さんのチャラチャラ草でした。
「まぁ~っ !? う~ちゃんはやっぱり私のところが良かったのね!…良い子だこと !! 」
お義母さんは大喜び、一方娘2人はちょっとムクれて楽しい猫じゃらし対決となりました。
…夕方にはお義父さんも一緒に家族全員で外に晩御飯を食べに行きました。
こうしてお義母さんは短い仮退院期間をみんなと楽しく過ごすうちに、日にちはするすると流れて、無情な再入院の日となりました。
…私は先日の、マキが担当医から受けた話を思いだしていました。
「…どうした?先生からの説明は、良くない話だったのか?」
あの日、車中で私が訊くと、しばらくしてやっとマキは口を開きました。
「…来月から本格的に抗がん剤投与の治療に切り替えるって…お母さんにはちょっと辛い治療になると思うから、その前に少しの間仮退院させてくれるって!…ひょっとしたら元気な姿は今回が最後になるかも知れないから、出来るだけお母さんの好きなようにしてあげて下さいって言われた…」
…私はもはやマキにかける言葉を失っていました。
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