第5話 子猫の名前

 …という訳で不幸にも成長出来ずに死んでしまったまだら君とは対照的に、うずら君は毎日牛乳をゴクゴク飲んでスヤスヤ眠り、スクスク育って行きました。


 貰い受けてから1週間も経った頃、

「あなた、見て見て~!」

 マキが興奮して言いました。

 見ると子猫の口にちっちゃいながら牙が生えていたのです。

「フッ ! …いっちょまえにケモノだなぁ」

「可愛い~っ !! 」

 いずれにしてもマキは大喜びです。

 …さらによく見れば、ぷにんとした小さな肉球の脚の先っちょにもゴマ粒みたいな爪がちゃんとありました。

「…こいつはこのミルクの飲みっぷりといい、どんどん大きく成長しそうだねぇ…」

 私が言うと、

「フフフ…だってこのお母さんがついてるもんね~!」

 すっかり母猫になったマキが得意げに言いました。


 それからというもの、マキは勤めに出ている時以外ほとんど子猫を肌身離さずといった感じにそばに置いての生活になりました。

 一方私はその頃の会社での職務が現場作業となることが多かったので、汚れたユニフォームなどの洗濯は2人で車に乗ってコインランドリーに持ち込んでしていました。

 いつも利用しているコインランドリーはもちろんペットを店舗内に入れることは出来ません。

 しかし、そのコインランドリーの店舗前にはたまたま四角い郵便局のポストがあったので、私たちはにゃんこ入り容器をポストの上に置いて洗濯をしました。

 洗濯機がぐるんぐるんと回っている間、外のポスト上の容器の中をニヤけながら見ている私とマキの姿は、店舗前の歩道を行く人からはたぶん奇異な2人に映っていたかも知れませんが、むぞむぞと時々うごめきながらミャウン!と鳴いたりする姿はずっと眺めていても飽きないものでした。

 ごくたまに道行く女子高生などが容器の子猫に気付いて、

「や~ん、猫!可愛い~っ!」

 などと嬌声を上げることもありました。

 そんな時は私たちは嬉しいようなこっ恥ずかしいような不思議な優越感を覚えるのでした。


「あなた、大変!見て見て~ !! 」

 …さらに数日後、私が仕事を終えて帰宅すると、例によって興奮したマキが猫容器を持って出迎えました。

「今度は何だい?…あっ !! 」

 子猫を覗いた私は驚きました。

 今までまだ開いていなかったうずら君の目蓋が上がり、パッチリと大きな瞳が出現していたのです。

「眼が開いたんだ!…う~む、こいつもこれでいっぱしの猫だねぇ!」

「ウフフッ!もぉ今まで以上に可愛くなっちゃうぅぅ~っ!!」

 言うまでもなくマキは大はしゃぎです。

「…それでね、今日はちょっと大事なことを決めたいの!」

 急にマキが私に言いました。

「えっ、何?…」

 私が訊くとマキは目をキラリン☆とさせて言いました。

「この子の正式な名前を決めたいの!」

「…はぁ…!」

 その時私は初めて子猫にまだ名前を付けてなかったことに気がついたのでした。

「…名前かぁ…そうだねぇ」

 私が曖昧に頷くと、マキはキッパリと言いました。

「この子だってもう少ししたら動物病院に連れて行って予防接種とかしなくちゃならないのよ!…そしたらカルテも作られるし、正式に名前を決めておかなきゃならないの!」

「…なるほど、だけどそれなら君のお母さんがウズラちゃんって付けたのでは?」

 私がそう言うと、マキは

「やだよぉ、そんなの!…私はもっと可愛い名前が良いの!…今考えてるのはね、みー助かみー吉なの!ねぇ、あなたも何か考えてよ!」

 と言うので、

「えっ?…そうだなぁ、それなら、みーぽんってのはどうかな?」

 と私は答えました。

 毎日牛乳をゴクゴク飲んでいる子猫のお腹はまるでタヌキのようにポヨンと丸く、さらに全体に黒茶系の体毛なのにお腹の毛は白くて長いのでそのポヨン腹が目立つのです。

「このお腹が、ポン!って感じじゃん!」

「…… !? 」

 マキはちょっと何とも言えぬ顔をして何とも言えずに子猫を見つめて静かになりました。

 …しかし他に適当な案も浮かばず、結局子猫の名前は「みーぽん」で決定となったのです。

「…ということでお前は今日からみーぽん君で~す!」

 プラ容器の子猫の頭を指先で撫でながらマキは笑って言いました。

「ミャウン!」と小さく鳴いて子猫は頷いた…ような気がしました。





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