第16話 去勢手術の夜

 …このときのみーぽんは、後になって思えばちょうど子猫と成猫の中間くらいの身体でしたが、すでに下半身はどっしりと大きく、頭部はまだ小顔でしたが踏ん張る足先がデカかったので、まだまだ成長する予感を充分漂わせていました。

 …その日の夜、私とマキが布団を敷いて就寝した後も猫はやたらと元気いっぱいで、ひとしきり部屋の中をドタドタンと跳び回り、私の布団の脇に来てようやく静かになったかと思いきや、今度はかまって欲しいのか私の顔を前足でチョイチョイとつつきます。

「ん~ !? …俺はもう眠いんだよ、みーちゃん…明日にしてくれぇ」

 そう言って猫に背中を向けると、みーぽんはしつこく後ろから私の耳をチョイチョイしてきます。

 仕方がないので布団から片手を出して畳の上でずりんずりんと動かすと、猫は眼をキランとさせて手にじゃれつきます。

 そんなみーぽんとの夜中のじゃれ合いは、眠いながらも楽しく可愛いふれあいでしたがとにかくやっぱり眠いのでした。


 …猫と戯れるうちにいつの間にか熟睡してしまい、夜が明けてどよんとした意識のまま何となく目覚めると、みーぽんはマキの布団の上 (位置的には胸の上) で前足をたたんだスフィンクス姿勢で眠っていました。

「コイツめ~っ!…」

 私は手を伸ばして猫を捕らえ、自分の布団の中に入れて腕に抱きしめました。

 顔を近付けると、

「クスプ~、クスプ~ !」

 と小さく寝息が聞こえます。

「…こりゃあやっぱり猫バカになっちゃうよなぁ… !! 」

 私は猫の寝顔を見て呟いたのでした。


 …それからひと月が過ぎ、天高く猫肥ゆる秋も終わりに近くなった頃、ついにみーぽんの去勢手術の日がやって来ました。

 去勢手術の当日、私とマキはみーぽんをバスケットに入れて動物病院に連れて行きました。

「…猫は個体差が大きいので、簡単な手術であっても必ずしも全て成功するとは限りません。手術の途中で動かれるとまずいので麻酔は強めにしますが、ごく稀に拒否反応を起こしたり、あるいは体力不足で手術に耐えられなかった個体もあるので…それは承知しておいて下さい」

 先生の事前説明を聞いてマキは少し不安な顔色を浮かべましたが、私はキッパリと、

「分かりました!よろしくお願いします」

 と先生に告げました。


 …私たちは動物病院に猫を預けて、いったん家に帰ります。

 手術は今日の午後に行われ、そのまま今夜みーぽんはひと晩病院のケージに観察留置となるのです。

「…大丈夫かなぁ?みーちゃん…」

 帰宅すると、マキはさっそく心配を口にし始めました。

「あいつは身体もしっかりしてるし、体力だって問題無いよ!大丈夫だって !! 」

 私はマキに言いました。

「だけど先生が…手術が必ずしも成功するとは限らないって…」

「ごく稀にっていう話だろ?…中には体力不足のとか病気がちの猫を手術することだってあるんだよ、きっと!…まあそんな時にはそういうこともあるってことさ」

 うじうじと心配するマキに私はわざと能天気に言葉をかけました。

「ところで、オス猫は去勢するとその後なにか変化があるのかなぁ?…習性や行動とかさ…」

 私が何とか話題を変えると、マキは少しだけ明るい顔になって言いました。

「え~っとね!…やっぱり大人しくなるみたいだよ!…あんまり鳴かなくなるし…」

「へえ~!…そりゃあ良いじゃないか!」

「う~ん…どうだろう?…実際のところは手術が終わってみないとわからないよ」

「人間で言えばオカマみたいになるってことかぁ?」

「うへ~!まさかぁ !? 」

 …などと適当におバカな会話になったのでマキの憂い顔もちょっぴりほころんだのでした。


 その日の夜は秋の冷え込みが私たちの借家にもじわじわと忍び込んで来て、何だかうすら寒い晩でした。

 夕御飯を済まして布団を敷くと、いつもは私たちの掛け布団の中に頭を突っ込んで入って来るみーぽんが今夜はいないので寂しい就寝になりました。

「…みーちゃん…今頃ひとりぼっちで動物病院のケージの中で寂しい思いをしてるんだろうなぁ、可哀想だよぉ…!」

 マキは横になってから、また泣きそうな声で呟きます。

「明日の昼までの辛抱だよ、お昼過ぎたらダッシュで迎えに行こう…!」

 私はそう言ってマキの肩を抱きました。

 …みーぽんのいない布団はしかし心なしかひんやりして冷たい夜なのでした。…




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