第30話 冬のソナタ

 …秋も終わりになると、お義母さんはがんセンターの入院病室からホスピス (緩和ケア) 病棟に移りました。

 お義母さんの茨城の実家などから身内の叔父さん叔母さんたちがお見舞いに訪れ、それに合わせて私たちも猫を連れて行ったので、その日は病棟の中がちょっと賑やかになりました。

 ホスピス病棟は平屋建てで、芝生や植え込みのある外庭に車椅子でバリアフリーに出られるようになっていました。

 室内にペットを入れても良いとのことなので、私はリードを着けてみ~ちゃんを部屋で散歩させました。

「あら~、猫ちゃん !?…可愛いわね~!」

 病棟に出入りする看護師さんたちが、み~ちゃんの散歩する姿を見て喜んでくれました。

 お義母さんもただ嬉しそうに笑顔を見せていました。


 …師走に入ってさすがに仕事も忙しくなり、私は毎日の会社業務に追われ、あちこち駆けずり回ってぐるぐるした状態を必死に何とかこなしていました。

 その日は鎌ヶ谷市の現場で屋外の作業をしていたところでした。

 昼休憩をとり、午後の作業を始めてこれからちょっとペースを上げて行くぞ!と同僚と気合いを入れたところで私の携帯にマキから着信が入りました。

 作業着のポケットから取り出した携帯を耳に当てると、叫んでいるような声が飛び込んで来ました。

「あなた!お母さんが死んじゃったの !! お母さんが、死んじゃった…!早く病院に来て!…」

 マキはもはや平静さを失い、完全に泣きわめいていました。

 …12月21日のことでした。


 せめてもの神様の思し召しなのか、その日お義母さんはとても安らかな表情で遠い眠りにつきました。


 …しかしそれからの年末の日々は私たちには嵐のようでした。

 お義父さんはマキが予想していた通りガックリと肩を落として、私にはまるで魂が抜けてしまったように見えるほどでした。

 お義母さんの葬儀は団地の近くのセレモニー会館でほとんどマキが段取りして行いました。

 一方マキと私の勤務先の仕事は年末の追い込みであまり休む訳にもいかず、ひたすらバタバタと必死にこなして行きました。

 母親を失ったことはマキにとって何よりも哀しいことでしたが、そんな超多忙な日々の中では、全く泣く余裕も無く、涙をこぼす暇もありませんでした。

 …ぐるぐると目が回るようなせわしない年末を乗り越えてお正月を迎えると、私たちは心身共にぐったり疲れて心の中にあらためて大きな喪失感を覚えたのでした。

 マキは今になってがんセンターでのお義母さんとの日々が頭の中にくるくる思い出されてきたらしく、しくしくと泣いて涙のお正月となりました。

 …寒々と冷え込みの続く真冬の日々を過ごし、四十九日の法要を済ませると、ようやく私たちも少しずつ落ち着きを取り戻して行きました。


 お義母さんを失って心にぽっかりとあいた空洞を埋めることなど簡単には出来ませんが、マキと私は韓国ドラマ「冬のソナタ」のDVD をレンタル店で借りて来て、夜就寝前に2人で観るようになりました。

 たとえひと時でも、ただ単純に2人一緒に余分なことを考えずに楽しめる時間を持ちたかったのです。

 物語は言わずと知れたぺ・ヨンジュンとチェ・ジウ主演の悲恋ドラマで、哀しくも時にチカラワザ的強引な展開がクセになるお話です。

「…ところでさぁ、うちのみ~ぽん君、名前を変えようと思うんだけど…」

 私は画面を見ながらマキに言いました。

「何しろ今じゃ身体もデカいし、性格はともかく顔つきも精悍になったから、み~ぽんって言う響きがちょっとミスマッチというか、うすら恥ずかしくなってきた」

 私がそう言うと、マキは部屋で丸まって寝ている猫に視線を移して応えました。

「ふ~ん、どんな名前がいいの?」

「猫的にハンサム系な名前にしようよ!」

 私が言うと、

「…はぁ、例えば?」

 と訊かれたので、ちょっと思いついた意見を言ってみました。

「そうだな、冬ソナでぺ・ヨンジュンの劇中での役名がイ・ミニョンだから、それをなぞって…ナ・ミニャンってのはどう?」

 マキは笑って、

「なるほど、猫っぽいね!確かに…」

 と言いました。

「よ~し、改名決定!今日からこいつはミニャン君~!」

 私がバカバカしく宣言して、哀しみの日々で沈んでいたマキは久方ぶりに笑顔を取り戻したのでした。


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