気掛かりな忘却

「ロン。3900で…終了!俺の勝ち~」


 そう言ったのはシンイチだった。そしてそれに文句を言ったのは言わずもがな、マサオだった。


「クソァ!!ハネマン張ってたのによぉ!そんなん切んなよユウ~!」


「………わりぃ」


「いや謝んなよ。本気で言ってるみたいになるじゃねーか」


「ユウ焼き鳥じゃん。どうしたよ今日は」


「…ちょっと、まだ頭が回ってないかもね。一回抜けさせてもらおうかな」


「ビケ抜けだから当然ユウが抜けるからな。まー一回頭冷やせよ。張り合いなくてつまんねーよ」


「そうだそうだ」


「あぁ、安心してくれ。次は本気出す」


「出た、負けたやつの常套句」


「ざっこいな~ユウ。ま、所詮今までお前が勝ってたのは運よ運。俺が本気出したらこんなもんよ」


「それもたまたま勝ったやつの常套句だな」


 煽りを受けながら、僕はベッドに倒れ込んだ。左手をひたいの上に乗せ、ぼんやりと蛍光灯を眺める。麻雀牌を混ぜる音だけが、僅かに僕の耳に届いていた。


 この感覚はなんだろう。楽しみにしていたはずの、みんなとの時間なのに、僕は心から楽しめていない。なんなら、楽しくないと思ってしまっているくらいだ。


 これは、あの感覚に似ている。期末テストを明日に控えた、日曜日。「明日はテストなんだから勉強しなくてはならない」という正論に感情を塞がれ、ゲームをしても漫画を読んでも、全然楽しくない。「他にやらなければならないことがある」という現実が、楽しいという感情を邪魔する。現実が、楽しむことを拒絶する。


 そんな、やらなければならないことがある時の、やらなければならないことをやっていない時の、あの感覚。今僕は、そんな感覚に支配されていた。


「一体なんだってんだか…」


 思い当たる節は、今のところ、ない。やらなければならないこと。そんなもの、今の僕にあっただろうか。


 むしろ今の僕にとってのやらなければいけないことは、全力で人生を楽しむことだ。


 悲しむだけ悲しんだんだから。


 あとは、楽しむだけだ。


 そうだろう?


 神様。

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猫は家につく 青葉 千歳 @kiryu0013

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