楽しいけれど

「やりぃ!また俺の勝ちだし!」


「………………」


 ゲームを始めて1時間。僕の精神は崩壊しかけていた。


「かずき君、今日初めてやるんじゃないの…?」


「おかーさん買ってくれないから家にはないけど、友達の家でめっちゃやってるよこれ」


「ああ、そう…なるほど…」


 ぼ、僕がこのゲームで負けるなんて、あり得ない……あり得ないだ……。


「お兄ちゃん弱いね、俺らの中で一番弱いタケルより弱いよ」


「…………」


 心の支えが一本折れたようだった。


 全く、何故子供はこんなにゲームが上手いんだか。




「あー楽しかった!ボッコボコにしてやったぜ!」


「もうちょっと柔らかい表現にしてくれませんかね…?」


 僕の心が壊れるぞ。


 すっかり暗くなった頃に、僕はかずき君を家まで送り返した。こんなに長い時間ゲームをしていたのは久しぶりかもしれない。


「また遊びに行ってもいい?今度は友達連れてくからみんなでやろ!」


「ああ、いいよ、何人でも連れてきな。そして今度は僕が勝つ」


「無理無理」


「無理言うな!」


 案外負けず嫌いなんだぞ、僕は。


「じゃあさ、明日は?明日も遊ぼうぜ!」


「……………あし、た」


 明日、か。


「何?無理なの?」


「明日は、そうだね、大学があるから」


「なーんだ、つまんねーの」


「次の休みにしようよ。それまで練習しとくからさ」


「へん!どんなに練習したって俺には勝てねーよ!」


「言ったな?大学生の本気舐めるんじゃないぜ」


「オッケー!じゃあ楽しみに待っててやるよ!じゃあね!」


 言いながらかずき君は家の中に入っていった。


「口の悪いやつだな!」


 今日1日で分かったけど、かずき君かなり生意気。まあ子供相手に生意気っていうのは、なんかおかしい気もするけど。


 普通に子供らしいと言えばいいのかな。


「…………」


 僕は振り返って来た道を歩き始めた。かずき君と過ごした時間が過ぎ去り、一人になったところで、僕の心にはぽっかりと穴が空いたような感覚が残っていた。


 本当のことを言うと、明日遊べないことはなかった。大学があるのは本当だが、明日は3講までなので早い時間に帰ってこれる。だから、遊ぼうと思えば遊べないことは、ない。


 そう。


 明日の、この世界の僕なら。


「ごめんな…明日の僕は、君を救えなかったんだ…」


 明日遊ぶことになったのなら。


 それは、今の僕じゃない。


 今の僕は明日になったら。


 君のいない世界にいるから。


 だから、遊べない。


 たとえ大学があろうとなかろうと。


 明日僕は、君に会えない。


「いや、謝らなきゃいけないのはそんなことじゃないか」


 ごめん。


 僕は、明日の方が好きなんだ。


 君のいない明日の方が。


 君のいない明日の方が、好きなんだ。


 何故なら。


「明日になれば、会える人がいるから」


 明日にならなきゃ、会えない人がいるんだ。


 だから、ごめん。


 君と遊んだ今日よりも、僕は、明日の方が楽しいんだ。


 明日が、待ち遠しいんだ。


 いつまでも。

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