当たり障りない会話

「それでこちら、ほんの気持ちなのですが・・・」


「あ、これはどうもご丁寧に」


 斉藤さんから菓子折を受け取る僕だったが、正直こんなものを受け取るようなことをした覚えはなかった。


 かずき君を助けたのは僕の勝手だし。


 そもそも本当に助けたのか、僕には分からない。


 確かに僕の前に、彼はいるけれど。


「ほら、あんたもちゃんとお礼言いなさい」


「お兄ちゃんありがとね〜」


「こら!もっとちゃんとしなさい!」


「あはは、いいですよ別に。無事で何よりです」


「本当にすみません・・・うちの子ホントに落ち着きがなくて」


 斉藤さんの言う通り、かずき君は椅子に座りながらも足をバタつかせたりキョロキョロ周りを見渡したりと、じっとしていられないタチのようだった。


「今回の件もこの子の落ち着きのなさが原因だと思いますし」


「それなりに危険ではありましたからね。もうあんなことするなよ、かずき君」


「は〜い」


 本当に分かったのか分かってないのか、あまり反省の色が見えない返事をする。なんだかまたやらかしそうだな、この子。


「まあその件に関しては、もう気にしないでいただいて大丈夫ですので。前に斉藤さんに道を教えていただいた借りを、これで返したと思っておいて下さい」


「まだ二十歳くらいでしょうに、しっかりしてるわねぇ」


「それはどうですかね」


 しっかり者なら多分、同じ後悔を繰り返したりなんてしない。


 僕みたいに、同じ後悔を。


 繰り返したりなんてしない。


「どう、この村には慣れた?」


「ええ、もうすっかり。まだ村の一員になれていないようですが」


「どういうこと?」


「まだよそ者って感じで。少し皆さんと距離を感じるなって思うところです」


「そんなことないわよ。なんせ宗栄さんのお孫さんなんだから、みんな歓迎してるわ」


「だといいんですが」


 そうか、距離を置いているのは僕の方か。


 でも、そうしなければならない理由があるから。


 みんなと距離を置かないと、きっと、白い目で見られることになるだろうから。


 だから多分僕はずっと、よそ者だ。


 「お茶までいただいてごめんなさいね。迷惑じゃなかったかしら」


「全然ですよ。どうせこの家には僕しかいませんから」


 僕しか、いないから。


「一人暮らしって、寂しくない?」


「……そうですね、寂しい、寂しいんだと、思います」


 僕はきっと。


 寂しくて、たまらない。


「困ったときは本当になんでも言ってね、ご飯だって食べさせてあげるから」


「それは大助かりです。食費がかかって大変ですから、はは」


「食べ盛りだものね、今度何かお惣菜でも持ってくるわ」


「すみません、なんだか気を遣わせてしまって」


「気なんて遣ってないわよ。普通に心配なのよ」


「もう大学生ですから、なんだって自分でできますよ」


「そうなのかい?でもやっぱりご両親も心配してると思うわよ。親からしてみればいくつになっても子供なんだから。たまには顔見せて安心させてあげてちょうだいね?」


「…………ええ、もちろんです」


 もう絶対に。


 心配をかけないと、誓ったから。


 安心、できるように。


 だから僕は、挫けない。


 こんなことでは、挫けない。


 ……………。


「ねぇ、お兄ちゃんって桐敷じーちゃんの子なんでしょ?」


「ん?ああ、そうだよ。かずき君はじいちゃんのこと知ってるの?」


「よくね、お菓子とかくれた」


「はっはっは!そうだったのか」


「ごめんなさいねホントに」


「いやいや、別に僕に謝るようなことじゃないですよ。むしろ僕の祖父がすみません。子供とか大好きなもんで。迷惑かけたりしてませんでしたか」


「迷惑だなんて。前にも言ったけど、桐敷さんにはいろんなところでお世話になったから。息子の遊び相手なんかもしてくださって」


 子供の遊び相手、か。


 多分じいちゃんは「遊んであげてる」なんて感覚はなかっただろうな。むしろ「遊んでもらってる」って考えてたかも。


「じいちゃんはどんな人だった?」


「なんかすっごい子供みたいな人だった」


「こらっ!」


 斎藤さんはかずき君を叱りつけるが、僕は面白くてたまらなかった。確かにじいちゃんはそんな人だったと、彼の話を聞いてしみじみ思う。


「ね、ね、お兄ちゃんはゲームとか持ってる?」


「そりゃまあ、持ってるよ。最新機種からレトロまでね」


「すっげー!やらせてやらせて!」


「あんたはもう、そうやって…!」


「まあまあ、僕は全然構いませんから。勝負するか?」


「やった!俺めっちゃゲーム強いかんね!」


「ほほー、言ったな?僕だってそこら辺の人には負けやしないよ」


「早くやろ早くやろ!ね、早く!」


 かずき君は席から立ち上がって僕の腕を引っ張る。


「分かった分かった。分かったから引っ張るなって」


「本当に迷惑じゃない?」


「全然。まあとりあえず今日のところはこの辺で。かずき君は僕が後で家まで送りますから」


「お願いしてもいいかしら。この子すぐ寄り道とかするから」


「はい、責任持って送り届けますよ」


「ありがとね」


「ねーえーはーやーくー」


 かずき君に引っ張られながら、僕は斎藤さんを見送った。

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