猫冥利

「さあ旦那様!どうぞ召し上がってくださいませ」


 その日の夜、食卓の上にはとてつもない数の料理が並べられていた。中国の満漢全席かと見紛う程の量で、そしてそれは実際に間違いではないような気さえする。


「沙夜・・・これは・・・」


「はい!引っ越し祝いということで、腕によりをかけて作らせていただきました。足りないようでしたらまだまだありますよ!」


「いや沙夜・・・これは流石に多すぎる気が・・・」


 気持ちは嬉しいが、今の僕はそれほど食べる方じゃない。部活をやっていた高校生の頃ならいざ知らず、何も運動をしていない今の僕としては、正直食べきれる自信がなかった。


「え・・・・・あ、も、申し訳ありません。その、私、やっと旦那様ができて、ご奉仕できると思ったら嬉しくなってしまって、つい・・・。そう、ですよね、食べ切れませんよね・・・」


 さっきまでの笑顔はどこへやら、いきなり失敗をやらかしてしまったと、沙夜はがっくりとうな垂れる。が、しかし、その笑顔を奪ったのが僕なのであれば、悪いのは作りすぎた沙夜ではなく、口出しをした僕だろう。


「あー・・・いや、今日は長時間の移動のせいでめちゃくちゃお腹空いてるし、これくらいなら割りと食べ切れるかも」


「旦那様にお気を使わせてしまうなんて・・・本当に申し訳ございません」


 !?


 効かなかった・・・。


 僕の望んでいた反応と違うよ・・・。「ほ、本当ですか!?よかったぁ、嬉しいです!」みたいなことを言ってほしかったのに・・・。


「いやいや、気を使って言ってるわけじゃないよ。多いのはまあ、確かにそうかもだけど、僕の為にこんなに沢山作ってくれるなんて、本当に嬉しいよ。ありがとう」


「・・・旦那様に喜んでいただけるのであれば、冥利に尽きます。猫冥利です!」


 ・・・・・猫冥利?


 なんだそれは。


「そもそも料理を作ってもらってる立場なのに、文句も不満もあるわけないよ。それが僕のためだけに作ってもらった料理なら、なおさらね」


「ふふ、旦那様はお優しいです。猫である私にまでそんな言葉をかけてくださるなんて。本当に、優人様が旦那様でよかったです」


「はは、そうかな」


「ええ、そうです」


 互いに笑って、椅子に座る。こんな風に誰かと会話をしながら食事の席につくのは、久しぶりかもしれない。なんだかより一層、料理が美味しそうに見えた。


 あれから、沙夜は夕食の準備をすると言って、この通り、料理を作ってくれた。僕も手伝おうとしたのだが頑なに拒まれた。「家事のことは全て任せてほしい」と、どうやら今後も僕の出る幕はないのかもしれない。


 そんなわけで僕は適当な部屋を選んで、そこを自分の部屋にすることにした。大型の荷物は引越し業者の人が来ないとどうにもならないため、持ってきたものだけを整理してとりあえずの部屋とした。しかし一通りの家具は既にあるため、わざわざ持ってくる必要もなかったかもしれない。別に箪笥やら机やらに自分の拘りを持っているというわけでもないので、祖父母が使っていたものを使わせてもらえばいい気もする。と言うよりもその方がこの家のデザインに合っているので、むしろ洋物である僕の私物を持ってくるのは景観を損ねることになる。その辺もちょっと考えて今後の部屋作りを進めていった方がいいだろう。


 手伝いは不要と言われた僕は、溜まっていた疲労を吐き出すように床に寝転がった。別にバスやら電車やらを乗り継いで(徒歩もだが)長距離を移動しただけなのだが、それでもやはり疲労は溜まってしまう。結局その疲労に押しつぶされる形で、僕は眠ってしまった。


 目が覚めたら丁度夕食時で、既に沙夜は料理を作り終わっていた。そして今に至る、というわけだった。

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