村は穏やかに
本来ならば沙夜が案内してくれるはずだった。それなのに僕はこうして、一人で村を彷徨っている。
どうしてだろう。
どうして沙夜は、またいなくなったのだろう。
最初はいて。
昨日もいて。
一昨日はいなくて。
今日もいない。
約束したはずなのに。
忘れないと、言ってくれたはずなのに。
まるで、沙夜のいる世界と、沙夜のいない世界を、交互に歩んでいるかのよう。宛ら、千鳥足の如く。ふらふらと、曖昧に。
照り付ける太陽が、考える力を根こそぎ奪っていく。本当に夕方から天気が崩れるのか、疑いたくなるような快晴だった。こんな日は川にでも入って泳ぎたいところだ。
と、そんなことを考えていたら、本当に川を発見してしまった。流れのゆったりとした川で、泳ぐにはまさに快適そうだった。しかしだからと言って実際に入って泳ごうだなんて思わない。もうそんな歳でもないのだから。
川沿いに道を歩く。その川の水のおかげで僅かに気温が下がったような気がするが、まあ多分気のせいだろう。気のせいでなくともこの暑さの前では気休め程度にしかならない。大人しくこの暑さを受け入れよう。
しばらく川沿いに真っ直ぐ歩くと、案の定と言うべきか、川で遊ぶ子供達の姿があった。人目を気にせず、服が濡れることも憚らず。楽しそうにはしゃいでいた。もしあの輪の中に入れば、このどうしようもない感情をどうにかすることができるだろうか。できるのであれば是非混ざりたいところだ。沙夜がいたらどんな会話をしていたかな。・・・って、そんなことを考えるのは流石に病的か。
子供達の姿を視界の外に外して、さらに川沿いを歩き続ける。やがて道路がなくなり、完全に道がなくなったところで、川沿いを歩くのをやめて別の道を歩くことにした。
しばらく村の外れの方をうろうろとしていると、林の中に古びた鳥居が見えた。どうやら神社があるようだ。
鳥居に近付くと「穂高神社」と書かれていた。お米の神様でもいるのかと、その鳥居を潜って本殿を目指す。真ん中の道は神様が通る道だと聞いたことがあるので、右脇にずれておく。そこまで信仰深いわけではないのだが、沙夜のような人に会ってしまった以上、なんとなく、何がいても、何が起こってもおかしくないと思うようになっていた。もし神様にお願いすれば沙夜が現れてくれると言うならば、僕は喜んでお賽銭に一万円札を投げ込もう。
ちょっと歩いただけで、すぐに本殿に着いた。あまり手入れがされていないのか、かなり寂れているようだ。どことなく倒壊しそうとさえ思える。穂高神社なんていう名前なのだから、もっと大切に扱ってあげてもいいものなのに。これでは稲が頭を垂れてくれないぞ。
財布から五円玉を取り出して賽銭箱に投げ入れる。残念ながら鈴なんて立派なものはなかったので、そのまま二礼二拍手一礼。お願い事はもちろん、沙夜が今ここに現れますように。
お参りをすませた後、隅の方にあったベンチに腰掛ける。かなり汚れていて座るのを若干躊躇ったが、かなり長い時間歩いたので足を休ませたかった。それに、汚いだなんて言ったらなんとなく、ここの神様に悪い気もした。
しばらーくそのベンチでぼーっと空を眺めていると、足音が聞こえてきた。足音とは言っても、人の足音ではなかった。そもそも人なら、足音が聞こえるのは甚だおかしい。
聞こえてきたのはカチカチ、という石のタイルと爪とがぶつかり合う音だった。猛スピードでこちらに近付いてくる。そして「ワン!」という鳴き声が聞こえてきたところで、僕は空から視線を外してその鳴き声のする方を見た。
犬だった。茶色い毛並みをした犬。もしこれで猫だったなら吃驚仰天、ベンチごと引っくり返っていたに違いない。そうならなくてよかった。
見た目だけで犬種が分かるほど僕は犬に詳しくないのでその辺は分からないが、多分室外犬だ。なんとなく勘でそう思った。
その犬は僕の近くに駆け寄り舌を出して「ハッ、ハッ」を息をする。猛ダッシュしてきて疲れたのか知らないが、何故僕のところにやってきたのだろう。まあただの偶然だろうが。
見れば、その犬は首輪をつけていた。近くに飼い主でもいるのだろうかと鳥居の方を見てみるが、誰もいない。
「お前、一人で来たのか?」
言ってることなど分からないだろうが、僕の問いにその犬は「ワン!」と答えた。あまり大きな犬ではないが、なかなかに賢そうだ。
こういう村みたいなところでは放し飼いが当たり前なんだろうか。飼い主がいないところをみるとそうなのかもしれないが、もしかしたら散歩中に逃げ出してしまったのかもしれない。首輪もあるわけだし飼い主のところに連れて行ってあげた方がいいだろうか。
屈みこんで、頭を撫でてやる。するとその犬は嬉しそうにはしゃいだ。すごく可愛い。頭以外にも顎の辺りや背中、お腹なんかも撫で回すが、どこを撫でてあげても嬉しそうに擦り寄ってくる。猫派だったけどちょっと犬派に傾いたかもしれない。安い価値観である。
しばらく撫で回して、流石に撫で疲れた僕は再び体を起こして背もたれに背を預ける。その間も犬は僕の足元に擦り寄ってくる。
「いいのかーこんなところにいて。きっとご主人様が心配してるぞー」
適当に呟く。一応犬に向かって言ったつもりではあるが、とうの本人、もとい本犬は知らぬ顔だ。さて、どうしたもんか。
そう思った矢先、顔に水滴がかかった。最初は一滴だけだったが、ものの十秒もしないうちに体中に水滴がかかってきた。
「雨か・・・本当に降ってきたか」
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