決死
意を決して、岩から体を離す。そして急いで川の淵まで泳ぐ。かずき君を背負っているため平泳ぎしかできない。平泳ぎはあまり得意ではないのだが、この際どうしようもない。
「ふっ・・・っく・・・・ふぅっ・・・く・・・!」
背中にある重りのせいで、なかなか前に進まない。どころか、まともに呼吸ができない。口はほとんど水に沈んでいて、息がきつくなったら無理矢理顔を上げて呼吸する。泳ぎのフォームもめちゃくちゃで、前に進んでいるかどうかも分からない。ただ、左に流されているというのだけは理解できた。こんな過酷な状況で泳いだとこなど、一度もない。こればかりは経験に頼ることもできず、まさに僕は手探り前へ進むかの如く、手を前に突き出していた。
「あぶなーい!!」
途端、声が聞こえた。泳ぐのに必死になっていてもその声が聞こえたのは、多分その声がそれだけ力強かったからだろう。何事かと思って僕は、土手の上にいる子供達を見る。するとその子供達は僕の方を指差していた。いや、指差しているのは僕じゃない。僕よりちょっとだけ上流の方だ。
「―――あっ!!」
目の前に流木が迫ってきていた。かなり大きい。しかし気付いたところで何ができるわけでもなかった。それは多分、もっと早く気付いていたとしても同じことだろう。水の上で右往左往する僕は、宛らまな板の上の鯉だ。
咄嗟に、反射的に。僕は背負っているかずき君を庇うように、体を上流の方に向けた。そしてこれまた反射的に、両手を流木の前に突き出した。両手があたると流木は向きを変え、下流へと流れていく。しかしその流木に鋭い木片があったのか、僕は左腕には赤い線が浮かび上がっていた。
「ぃ・・・・・・!」
手首から肘にかけて、腕の内側が。そこまで深くはなかったのかあまり血は溢れてこなかったが、鋭い痛みが腕を走った。川の水が、その痛みに拍車をかける。とはいえその痛みに感じ入ってるわけにはいかない。こうしている間にもどんどん流されている。土手にいる子供達がこちらに向かって走ってきている。
再び体の向きを戻して、僕は傷を無視して両手で必死に水をかく。火事場の馬鹿力というやつか、不思議と前に進んでいた。そして、四肢の限界とほぼ同時に、僕は川の淵まで辿り着いた。
背中のかずき君を先に川から上げて、その後に僕も重い体を持ち上げた。「土手まで走って!」と叫びながらかずき君と共に土手を駆け上がる。駆け上がり、土手に着いたところで、僕はようやくその場に座り込んだ。
「ふぅ~~~~。あー死ぬかと思った・・・」
大きなため息をついて内心を吐露する。向こうから走ってきた子供達が僕らに駆け寄る。
「かずき~~~!」
「よかったーー!」
「お前大丈夫かよぉ!危なかったなぁ!」
まあ駆け寄ったのは「僕らに」ではなくかずき君にだ。別に労わってほしくて彼を助けたわけではないのでそれをなんとも思いはしない。むしろいい友達だと微笑ましく思った。
「ううぅ・・・怖かった・・・・・お兄ちゃんありがとぉ~」
終始泣きっぱなしのかずき君は、泣きながらもしっかりとお礼を言う。その言葉に僕は「無事でよかった」と答えた。それに呼応してか、他の子供達も僕にお礼を言う。それもまた「どういたしまして」と少し照れながら答える。
「どうしてこんなことになったんだ?」
「・・・・・」
僕がそう聞くと子供達は一様に口を塞ぐ。おそらく怒られると思ったのだろう。
「大丈夫、怒らないから言ってごらん」
そう促すと、一人の子が答えた。
「・・・本当は、雨が降ったら川で遊んじゃ駄目だって言われてたんだけど、面白いからいっつも遊んでたの」
「いっつも?」
「うん、流れが速くなって面白いから。だから今日も遊んでたの。でも、今日はいつもと全然違って・・・」
「それで、あんなことになっちゃったわけか」
こくりと頷く。確かに普通か、或いはちょっと激しいくらいの雨なら、スリリングを楽しめる程度の川だったんだろう。しかし、今日のこの雨量はかなり異常だ。数年に一回あるかないかというほどだ。この雨の中川で遊ぼうものなら、あんなことになってもおかしくはない。多分親御さんは「今日は大雨だから川に近付くな」とか注意はしていたんだろう。でも雨の日でもいつも遊んでいたわけだから、こんなことになるとは思わなかったんだな。
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