忘れたい記憶

 大学が終わり、大学に来た時と同じだけの時間を使って、僕は帰路に着いた。およそ二時間半。家に着く頃には、既に七時になっていた。


「ただいまー・・・」


 何となく、何かを期待して。僕は家中に聞こえるようにある程度大きな声で帰宅を告げた。だけど、返ってくる返事はないし、誰かが駆け寄ってくれる気配もない。


「当たり前か」


 夢だと結論付けたのに、やっぱり「もしかしたらいるんじゃないか」と期待してしまう僕は、甚だに図々しい。すっぱり割り切ったようなことを言っている割に、未練をズルズル引き摺っている様は、なかなかにクズだった。


 食卓の上には、今朝出しっぱなしにした朝食が並んでいた。もう完全に冷め切っている。どころか、ラップも何もしておかなかったので酷く乾燥している。食べられないことはないかもしれないが、食べる気にはなれなかった。米は炊いてそのままだったので、適当におかずを作って簡単に夕食を済ませた。一人で黙々と質素な夕食を食べると、どうしようもない惨めさと悲しさと、寂しさが溢れてきた。こんな食事は、いつものことなのに。どうやら夢のせいでメンタルを酷くやられてしまったらしい。


 ・・・本当に、酷い。


 やっと、立ち直れたと思ったのに。


 どうして、こんな・・・。


 ・・・・・。


 食事を済ませ、入浴も済ませると、僕は特に何をすることもなく、布団に倒れこんだ。テレビなんて見る気にならなかったし、ゲームもする気にはなれなかった。兎に角もう何も考えずに、寝てしまいたかった。


 全部忘れよう。昨日あったこと全て。昨日会ったもの全て。


 最初に戻っただけだ。この家で、一人で暮らしていくことを決めた当初に。全部元通りになっただけだ。だから、何も悲しむことなんてない。何も考える必要なんてない。明日からまた、これまで通りの毎日が始まるんだ。


 それでいい。


 さようなら。


 夢の中で出会った、素敵な人。

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