夢現

 昨日まで目覚ましを一度もかけ忘れたことのない僕ではあるが、休みの日まで目覚ましをかける必要はないわけで。その日は自然と目が覚めるのに身を任せた。目が覚めてすぐに時間を確認すると七時を少し回ったところだった。これが大学のある日ならたとえ一講が始まるまであと二時間あったとしてもアウトである。前に暮らしていたところは大学まで徒歩十分だったので、八時四十五分に起きても間に合っていた。そのことを考えると随分シビアになったものだ。


 休日は二度寝に限るが、今日は午前中のうちに引越しの荷物が届く。早めに起きていて損はないだろう。早起きは三文の徳とも言うし。最も僕は、三文損をするだけで二度寝の快感が得られるのなら喜んで二度寝をするが。


 何となく、いつもより早い動きで着替えをすませる。何故そうしたかと言えば、一刻も早く確かめたかったからだ。


 沙夜が、いることを。


 縁側を早歩きで歩いて台所の方へ向かっていく。しかし。


 その向こうからは、何の音もしなかった。


 音がしなかったことから既に予想はついていたが、台所に沙夜はいなかった。


「・・・・・」


 ドクン、と心臓が鳴る。


 なんで。


 どうして。


 ・・・今度はゆっくりと、歩いてきた縁側を引き返す。ゆっくりと、ゆっくりと。その重い足取りで、一番奥の部屋を目指す。できれば、辿り着かないでほしいと思いながら。辿り着かなければ、確認しないで済むから。


 現実を、見なくて済むから。


 しかし、どんなに重い足取りで歩いたとしても、すぐに終わりはやってきた。現実から目を背けようとする僕を、笑うかのようだった。


 障子の前に立ち、その障子に手をかける。開ける直前、僕は切に願った。


 頼む。


 ここにいてくれ、と。


 まだ、寝ているだけだと。


 寝ているだけで、ここに、いるのだと。


「・・・・・・・」


 ・・・。


 ・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 スッ、と。


 影が伸びた。


 日に照らされた、僕の影が。


 部屋の中に、落ちた。


 すとん、と。


 影を妨げるものが、何もない部屋に。


 落ちた。


 いない。


 誰も。


 何も。


 影だけが。


 僕の影だけが。


 何もない部屋の中を、伸びていく―――。

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