昨日の僕が言うには
「本当にいいお天気ですね。でも今日の日中はとっても気温が上がるようですから、十分にご注意くださいね?」
沙夜と二人で、村のはずれを歩く。辺りにあるのはどうしようもないくらいの自然だ。本当にどうしようもないくらい、何もない。
だからこそどうしようもないくらい、心が穏やかになる。
最もそれは、沙夜のおかげかも知れないけれど。
「外に出ることはそんなにないから大丈夫だよ。むしろ大学は冷房が入りすぎてて寒いくらいだから」
「そうなのですか」
「むしろ沙夜こそ大丈夫?家にはエアコンはないし、扇風機もかなり古いやつだから…」
「大丈夫です。猫は暑さに強いんですよ!寒いのはちょっと苦手ですが…」
「そうだったね、猫はこたつで丸くなるんだもんね」
「私も犬さんのように庭を駆け回りたいです」
「知ってるんだ、あの歌…」
どこで知ったんだか。
「ところで旦那様、昨日お話ししたお洋服の件なのですが…」
「ん………!」
「どうなされました?」
「いや、」
僕にとって避けたい話題が出てきてしまった。
昨日。
昨日、お話しした。
………なんだ?
僕は昨日という単語に過敏に反応するようになってしまった。その理由は言わずもがな、僕には分からないことだからだ。
昨日の沙夜との会話を知っているのは。
昨日沙夜と一緒にいたのは。
今日の僕じゃない。
全く、昨日の僕が羨ましい。
昨日も沙夜と一緒にいることのできた、僕が。
どうしようもないほどに羨ましい。
僕は必死に頭を回す。それはもちろん「昨日の僕が沙夜とどんな会話をしたか」ということについてだ。
昨日の会話すら覚えていない最低なやつだと、沙夜に思われたくない。もちろん沙夜はそんなこと思わないだろうが、これは僕のプライドのようなものだ。「なんの話?」なんて、死んでも言いたくない。
だから僕は、必死に頭を回す。
僕は、僕が、どんな会話をしたかを考える。
自分のことなのだから。
それくらい、分かるだろ、僕。
昨日。
昨日お話しした。
昨日お話しした、洋服の件。
「…和服しかないから洋服を買いに行こうかって話か」
「はい、そうでございます」
………。
流石僕。
「やはりこの格好は目立ってしまうので、旦那様にご迷惑をおかけしてしまいますから」
「村にいる分には、気にしなくていいと思うけどね」
「はい。ですが都会へお出かけすることになった時には、この格好ではと思いまして」
「まあそれはそうか。でも僕は…」
「旦那様は、私には和服が似合うからそのままでいいと仰ってくださいましたが…」
……。
今まさに言おうとしたよそれ。
そりゃ昨日の僕も言ってるか。
流石僕?
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