惚気
「沙夜には和服が似合ってるからね。無理に僕に合わせる必要はないよ。迷惑だなんて感じる必要もない。むしろ沙夜と一緒に並んで歩ける僕は幸せ者さ」
「と仰いますと?」
「周りに見られるのは当然さ。だってこんな美人な女性が和服姿で歩いてるんだから。だから周りに見られるのは迷惑どころか、むしろ優越感だよ」
「そ、そんな、旦那様、からかうのはよしてください…!」
「本心だよ。沙夜ほど綺麗な人になんて会ったことない。本当に素敵だよ」
こんな恥ずかしい台詞がスラスラと出てくるのは何故だろう。それは多分、何一つ嘘ではないからなんだろう。
僕なんかとは釣り合わないくらい、沙夜は素敵な人だから。
「は、はうぅ…そんなに褒めないでくださいまし…恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまいます…」
沙夜は両手で顔を覆って照れたのを隠したようだったが、耳まで真っ赤になっていたので隠しきれていなかった。その反応を見て僕はもっと沙夜の可愛い姿を見たいと思ってしまう。
「沙夜は可愛いなぁ、この間なんて縁側で庭に入ってきた猫と一緒に鞠で遊んでたもんね」
「み、見ていらしたんですか!?や、やだ、恥ずかしいですぅ…」
「みゃーみゃー言いながら鞠をころころ転がす沙夜の姿と言ったら…」
「もうやめてくださいまし…!旦那様、意地悪です…」
沙夜は涙目で僕をちょっとだけ睨む。拗ねたような表情がこれまた可愛い。何をやっても可愛いとは、ある意味反則ではなかろうか。
「ホントに可愛いなぁ沙夜は」
「むぅ~…。そんな意地悪をする旦那様は、私が懲らしめて差し上げます」
「ほえ?」
「私知っているのですよ?旦那様はお部屋で音楽を聴いている時、ノリノリで体を揺らして、挙げ句の果てには立ち上がってダンスを…」
「わーーーーーーー!!!」
なんで知ってるんだ!
「み、見てたのかよ!僕のそんな恥ずかしい姿を、見てたのかよぉ~~~!!」
「ええ、この間旦那様のお部屋を覗いたときに。旦那様は音楽がお好きなのですね?それともお好きなのはダンスの方ですか?ふふふ」
今度は沙夜が意地悪な顔をしながら僕を追い詰める。できれば絶対に見られたくなかった姿を見られていたと知った僕は、顔が真っ赤になった。
「何見てくれてるの!」
「私だって旦那様に恥ずかしい姿を見られたのですから、これでおあいこですっ」
「いやいやいや!全然あいこになってないよ!」
縁側は通り道なんだから見てしまったとしても不可効力だ!僕は悪くないはずだ!
「人の部屋を覗くのとはわけが違うでしょ!」
「お食事のご用意ができたとお呼びしても、返事をしなかった旦那様が悪いんですっ」
「う、む、……それは、確かに」
僕が悪いな……。
「…参った、僕の負けだよ。意地悪してすまなかった。許してください」
僕は両手を上げて降参のポーズを決めてから頭を下げた。
「あっ、い、いえ、そんな…私の方こそ申し訳ございません。私ったら旦那様に失礼なことを…」
僕が素直に頭を下げたのを見て、沙夜は我に返ったようだった。
「いや、失礼なことを言い出したのはこっちの方だから。僕に気を遣ったりしなくていいんだよ」
「いえ、旦那様は私の仕えるべき人ですから。従者の身でありながらあんな発言をしてしまうなんて、本当に申し訳ございません」
「だからいいって言ってるのに。ごめんね、急に可愛いだとか綺麗だとか言ったりしちゃって。そんなこと言われても困るよね」
「………い、いえ、その、別に嫌というわけではなくて」
沙夜はもじもじしながら、再び真っ赤な顔になって言う。
「その、旦那様に可愛いと言っていただけて……………嬉しい、です。できればもっと、言ってほしいと……や、やだ!私ったら何を……!」
「……………………」
またまた沙夜は両手で顔を覆う。
なんだ?この可愛すぎる生き物は。
僕を殺す気か?
「沙夜が望むなら、何度でも言ってあげるけどね?」
こんな可愛い沙夜を見ることができるなら、むしろお願いしますというとこだ。
「も、もうこの話は終わりにしましょう、旦那様…!」
「はいはい、とりあえずそういうことにしときましょうか」
さて、次はいつ言おうか。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「はい、そうでございますね」
気が付けば随分と時間が経っていることに気付き、僕らは帰路に着こうとする。が、その時。
「あ、優人さん、沙夜さん!おはようございます」
「!」
僕らの前から、こちらに駆け寄ってくる一人と……一匹の姿があった。
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