何かが起こった
けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。
と。
いうのは嘘だ。
どうやら目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまったらしい。かなり早めに目覚ましをかけたような気がするので、もしかしたらとんでもなく早く目が覚めてしまったのでは・・・と思いながら携帯電話で時間を確認すると四時五十三分だった。目覚ましをセットしたのは五時なので、言うほど早くもない。しかし目覚ましが鳴るより早く覚めてしまったのは、やはり新生活の緊張のせいだろう。大学に入ってすぐの頃も、こんな感じで目覚ましより先に目が覚めたっけなぁ。
欠伸をしながら服を着替える。沙夜はもう起きているだろうか、と考えながら台所に行くと、そこに沙夜の姿はなかった。他のところも探してみたが、どこにもいなかった。
「流石にまだ部屋で寝てるか」
まあまだ五時なので寝ていてもおかしくはない。というか普通は寝てる。もしかしたら沙夜ならこれくらいの時間に起きて朝食でも作ってるんじゃ・・・と思ったが、どうやらその期待は外れたようだ。
「ま、昨日は沙夜が夕食作ってくれたし、今日の朝くらいは僕が作るか」
沙夜が恩返しなら、僕だって恩返しだ。受けたままの恩をそのままにできないというのは、僕も同じだった。とはいえ僕は別にそこまで料理は上手くないので、沙夜と同じレベルの料理が作れるかと言えば当然、無理である。本当にささやかな恩返しという感じだ。
「えーと・・・今五時で、今日は一講からだから、九時に間に合うためには・・・」
大学に間に合うように、僕は頭の中で時間を逆算する。大学の最寄駅から大学までバスで十五分だから、九時の講義に間に合うためには八時四十分のバスに乗ればいい。と言うことは大学の最寄駅に八時三十五分までに着いておけばいい。この村の最寄駅からその駅までは電車を乗り継いで一時間半かかるから・・・七時に出る電車に乗る必要がある。で、ここから最寄駅まで歩いて二十分はかかるとして、六時四十分。余裕を持って六時三十分には家を出たい。ということは六時二十分までには食事を済ませて家を出る準備を済ませたいから・・・六時には朝食を食べ始めたいな。となると猶予は一時間か。
「まあ一時間あれば余裕か」
余裕どころではない。たとえ二人分だとしても、流石に朝食を作るのに一時間はかからない。昼食の弁当を作るのならギリギリだろうか。いや、大学に弁当を持っていったことは一度もないので、どうでもいい考察である。
こうやって時間をいちいち計算してから動くあたり、自分は細かい人間なんだろうなぁと思いながら、僕は朝食を作り始めた。
案の定というかなんというか、三十分ほどで朝食を作り終えた。後は沙夜が起きてくるのと、米が炊けるのを待つばかりだ。
ケータイを取り出してゲームをしようと思ったが、昨日の沙夜との会話を思い出してやめる。代わりに、じいちゃんの書斎と思わしき場所にあった本を一冊持ってきて居間で読むことにした。流石に若者である僕とは全く趣味の合わない本ばかりだったが、これも勉強の一環だと自分に言い聞かせて大人しく読むことにした。因みに本を読まない僕ではあるが、祖父の書いた本は全て読破していた。僕は多分それだけで、祖父と会話をした気になっていたのかもしれない。今更になって、もっと会っておけばよかった、もっと話しておけばよかったという後悔が押し寄せる。
最も。
その後悔は先に立つどころか、後に立つことさえなかったけれど。
「・・・・・」
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
しばらく読み進めていると、章の切れ目に差し掛かった。そこで顔を上げて時計を見ると、六時ちょっと前になっていた。本を読んでいると時間が経つのがやけに早いと思うのは僕だけだろうか。体感的に三十分もの時間を感じなかったので、何となく損をした気分になる。
沙夜はまだ寝ているのか、姿を現さなかった。これ以上待つと電車に間に合わなくなるので、僕は居間を出て沙夜の部屋へと向かった。もし起きてこないようであれば、先に一人で食べてしまおう。
昨日聞いた、沙夜の使っているという部屋の前に立つ。はて、障子ってどうやってノックすればいいんだろう。いや、ノックしなくていいのか?
「沙夜、起きてるかい?そろそろ朝食にしたいんだけど」
とりあえず声をかけてみる。しかし、障子の向こうからは何の返事も聞こえなかった。
「まだ寝てるかな?僕は大学があるから、申し訳ないけど先に食べてるね」
寝ている相手に言っても何の意味もないのだが、とりあえず僕はそう言い残しておくことにした。もちろん後で台所に書置きも残しておくつもりだ。
「それじゃあね、沙夜。多分七時までには帰ると思うから」
そう言って、僕は居間に戻ろうとした。が、なんとなく返事がないことが気になって、少しだけ障子を開けて中を覗いた。女性の部屋を覗くなど然るべき措置をとられそうな犯罪行為だが、何も入るわけじゃないと、自分に言い訳しておいた。
「・・・・・!?」
が、しかし。そんな言い訳をしておきながら、結局僕は部屋の中に入ってしまった。だがそうさせたのは僕の理性ではなく、本能の方だった。勢いよく障子を開け、ばっ、と中に踏み込む。勢いがよすぎて、障子がバァン!と大きな音を立てた。
「・・・・・・・沙夜?」
そんな大きな音を立てたというのに、それでも沙夜は起き上がってこなかった。
・・・いや。
そうじゃない。
「沙夜!」
その部屋に。
沙夜は、いなかった。
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