第13話 長の別れ
至る所から歔欷する音が聞こえる。穴蔵を襲撃してセナを救出した翌日、告別式だ。
ゴブリンは遺体を木の箱に寝せ、それごと火葬、灰は共同墓地に入れるらしい。今はその火を皆で囲んでいるところだ。
「ここは、いい村ですね。」
壮は呟く。
「仲間の死を、我が子の死のように皆が悲しんでいる。それに」
それに。唯一の生存者セナ。亡くなったゴブリンの遺族ですら、彼女の生還を妬まずに心から喜び、祝福している。それこそまるで、我が子のように。
否、きっとここは、皆が家族なのだ。
「はい。本当に」
いい場所だ。なんなら永住してしまいたいほど。だが勿論そんな暇は無い。
もし自分らが魔王討伐に失敗すれば、ここも潰れてしまうのだろうか? 柚希は不安になる。
そんなことは絶対にさせない。させるわけには、いかない。またひとつ、彼に戦う理由が出来てしまった。
「ユズキ様、ソウ様、ルタ様。この度は本当に、ありがとうございました!」
「頭をあげてください。そんなに畏まることはありませんよ。」
「ワシはついていっただけじゃ」
「うまっ」
葬儀後の会食。屋外で立ち食いなのは建物に入らない柚希達への配慮だ。厳密に言えば建物に入るは入るが、人間が入るにはかなりかなり窮屈だ。
食事のテイストは元の世界で言うとブラジル風。兎に角肉がうまい。具体的に言えば、話しかけられていることに気付かないほどにうまい。が、壮とルタの鋭い視線に気付かない程では無かった。
「……あ、いや。ほらあれ。緊張ほぐそうと思って。」
「柚希君」
「ごめんなさ。」
「謝る相手は僕じゃないですよ」
「ごめんなさ。」
柚希は話しかけてきたゴブリンに向き直って頭を下げると、そのゴブリンはわたわたと慌てて手を降る。
「そっ、そんなっ! 謝られることなんてひとつもありません! ……本当に、変わった方ですね」
変わった方。
言い方は些か失礼だが、ゴブリン達への差別意識が無い事に対してだからネガティブな意味合いではない。
因みに遺族ゴブリンがやって来たのは彼で5組(といっても彼は一人だが)目、つまりは最後なのだが、柚希だって毎回飯に夢中で気がつかなかった訳ではない。気付かなかったのはたったの二回だけだ。
「改めて、本当にありがとうございました……。嫁に行かせる前に死なせ、それどころか父親として仇を討つ事すら出来ず。己の弱さをここまで憎んだことはありませんでした。あなたたちがいなければ私はきっと、殺されに行っていました。」
『復讐なんて亡くなった人が喜ぶと思うのか!』
よく聞く台詞だが、そんなことを言う無神経は一人もいなかった。これは無関係の第三者だから言える無責任な台詞。偽善者のエゴだ。自分がおなじ立場になっても同じことを言える聖人君子など滅多にいないだろう。
そしてこの村は皆が家族、第三者などいないのだ。
「あ、あのぅ、一杯だけ、一杯だけでいいんです。」
「笹原さん、昨日の事、忘れちゃったのかな? ん?」
揉み手すらしそうな勢いで下手にでる優奈は、柚希によっておあずけにされている。
この日はどんちゃん騒いで悲しみを吹き飛ばそう! というよりかは別れを惜しんでしっとり飲む席。自ら地雷を踏みに行く柚希ではないのだ。
「き、きのうのこと? なんのことでしょうか?」
「そっかぁ、覚えてないかぁ。すぐ忘れちゃうほど酔うんじゃあやっぱり飲ませられないよね。」
「う゛っ……」
簡単に、そしてべらぼうに酔っ払う癖に酒を飲む事は大好きな優奈はなんとか柚希から酒を得ようとするが、その程度で打ち破られる柚希でもない。
「ユズキさん、少しくらい飲ませてあげて欲しいっす。」
「そーだそーだ! 冷たいぞユズキ!」
ギラとユリアナは優奈サイドで応戦するが、ここは無言の圧力で押しきる。
だいたいお前らここで飯食ってただけだろ。
それどころか今食ってるのも一部は柚希が狩った獣。食わして貰うだけ感謝しやがれ、というものだ。
全く、働き方改革が必要そうだな。まあ俺は酒も飲むけどね!
しっとりと飲む席、と言いつつも自身もその空気を壊している事には、柚希も気付いていなかった。
「少ないですが、受け取って下さい。」
会食のお片付けはさすがに手伝うなとゴブリンたちに止められた。彼らからしたら恩人なのだから、当たり前だろう。
というわけで柚希、壮、ルタの三人討伐隊はオサリン宅(庭)に呼ばれていた。
渡された布袋の中身は、見なくともわかる。が、それがどれ程の価値なのかはわからない。
「うーんこの……これどんくらいのもんなの? てかまず人間の通貨?」
柚希はこの世界での物価なんてわからない。袋を開けてルタに見せてみる。
「ふむ。これはそこそこな額。今はかなり荒れてますが、元の価値ならば小さな家を買えるくらいですな。」
なんと!
それをそこそこと言ってしまう貴様にも驚きだ!
「じゃがゴブリンがこれ程の額……全財産じゃな?」
なんと!
まさか全財産譲渡しようと言うのか! 太っ腹のレベルじゃねえ!
「私の持つ分は本当にそれで全てです。どうかお許しください」
おいおいおいおい! この世界は軽くカツアゲで臓器でも取られんのか? いや、そこまで医療は発達してないか。じゃなくて!
「こんなのいらねぇよ!」
柚希は調子にのって袋を投げつけるとオサリンは「うおっ」と呻き声を漏らしつつ腕で弾く。危ない危ない、硬貨のつまった袋なんて普通に凶器ではないか。
「あっ、ごめん。とにかく! そんなのいらねっつの。金が欲しくてやったわけじゃねえから」
「いやしかし」
「それに」
それに。
「これから行く先、金なんて──」
「柚希君」
言いかけて、口を噤む。
あっ。
これ言っちゃあかんやつやった。
「それってまさか」
「はい、これはナイショだよ。他言無用ね。」
柚希は勘づいたオサリンの言葉を遮るように言うが、彼は呆れたように笑い。
「はは、止めませんよ。止めても無駄でしょう。いやはや、道理ででお強いわけだ。行って帰ったくらいの時間で帰ってきたものですから、驚いたものです。なるほど、それなら納得だ。」
柚希が帰ってきた時。オサリンが忘れ物ですか、と言ったのは、まさかもう事を済ませたとは思っていなかったからだ。
あれ? でも、そしたら……
「ルタは誰から服もらったんだ?」
「それじゃったらメーアから。」
オサリンの横でメーアがうんうんとうなずく。
いや、いやいやいや。
「話しとけよ!」
柚希は遂に口に出して言ってしまった。すると横のオサリンがああ、申し訳ありません、と口を挟む。
「妻は声を出せないのです。」
えっ、あ、ふーん。それはこちらこそ申し訳ないな。いや、つっても伝える方法くらいあるんじゃ……
「俺も連れていって下さい!」
そんなどうでもいい事を考えていた時。
突如現れたのは、『若い者』だ。そう、最初にワンコをけしかけたゴブリンである。
因みに、出てきたのは突如だが、茂みに隠れてずっと話を聞いてはいた。勿論柚希は、というより壮とルタも気付いていた。
「ムーア! 馬鹿野郎! 何を言っているのかわかっているのか!」
と、それこそ突如。
オサリンが今までに一度も(と言っても一日程度の付き合いだが)見せたこと来ない形相で怒鳴る。
柚希は、真面目にこっちには驚いた。しかし若い者、ムーアは怯まずそれに対抗するように。
「わかってるよ親父! 魔王倒しに行くんだろ!」
「おいおい声がでかいでかいぞこの野郎って息子かよっ!?」
セナの次はムーア、お前もか。……と、それを知って柚希は納得する。
恐らくこのムーアのほうが年上。つまりセナは妹だろう。妹を連れ去られて必死になっていたのだ。それならば早とちりで自分達にワンコをけしかけたことも……納得は出来ないが。さすがに王室御用達の服着た山賊はいないだろ。気づけ。
「ルタさん、柚希君。どう思いますか? 僕は連れていくべきではないと思います」
「だめじゃ」
「せやなっ」
「そんなっ……!」
やはり、満場一致で反対だった。
「ムーアっつったな。お前、例の山賊に勝てる?」
柚希が彼に問うと、ムーアは少し口ごもる。
「いっ……今は、無理です。でもいつか!」
「ならばダメじゃ。あの程度にも敵わん奴などついてきても死ぬだけじゃ」
被せるようにルタが言う。厳しい言葉だが、その通り。相手方の正確な戦力は分からないが、その通りなのだ。
彼を連れたところで、喋る非常食にしかならない。もちろん喋る非常食はお呼びでない。すると、うつむくムーアの肩に壮が手を乗せて。
「ムーアさん、あなたの家族のために命をも懸けるところは、素晴らしいものです。ですが、勇気と蛮勇の違いを知るべきだ。この森には中々に手強い獣がいる。まずはそれを相手に修行をしてはどうですか? 物足りなくなったころには、用を済ませた柚希君が稽古をつけに来てくれますよ。」
「うんうん。えっ」
素晴らしいアドバイス。柚希は大して何も考えずに頷くが、聞き逃せない言葉が聞こえた。
ちょっとなに勝手に約束してるの? そこは稽古つけるの俺じゃなくてもよくない? ……まあ、いいか。
「おう。この森で物足りなくなったら、な。それに離れてたら肝心の妹? を守れねえだろ。」
ムーアは少し戸惑った後、だがしっかりと決意を固めて。
「はいっ!」
いい返事だ。
「それじゃあ。」
「では、お気を付けて。」
結局、一行はこの村にお別れ会から5日間お世話になった。お世話になったと言っても、柚希達だって食料として彼らが普段狩れない大物を狩ったりしていたから、ギブアンドテイクといった感じだ。
ここまで滞在が長引いたのは、そろそろ出発しなきゃと毎朝言い、実際に行動に移るまでこれだけかかってしまったからだ。全く、種の存亡に関わる状況で呑気な集団である。
ああ、でも離れたくない。
金は受け取らなかった。理由は三つ。
一、受け取った所でこの先使えない
ニ、立場的に金には困らない
三、そもそも現在、金よりも食料が大切で物価も崩壊している。
そのため代わりにオサリンは村中からかき集めた日持ちする食料を柚希達に渡した。
そして残念なことに、なんと、この村ではもう柚希達の行き先が周知の事実となってしまった。
外部との交流はほとんど無いらしいから、まあ……ならいいんだけど。
柚希達一行の行き先が行き先だからか、見送りは村の約三百のゴブリン総出だ。
結果として王都での見送りより遥かに多くなってしまったのは違和感を禁じ得ない。
「やだっ! もう少しいて……欲しいです……。」
セナに関しては柚希の服にしがみつき、別れの手土産にと目水鼻水を大量に寄越してくれる手厚さだ。
別れ際に号泣とは、どこぞのコケメイドを彷彿させる。
「おいおい酷え顔で泣くな。かわいい顔が台無しだよー。」
全力の号泣をするセナの顔はまるで湿った大豆のようになっている。本当に台無しである。
柚希はセナを引き剥がして頬を引っ張ったり両側から潰したりしてこねくりまわすと、彼女はえへへと笑って少し機嫌を取り戻す。
「私たち……結局ご飯食べて遊んだだけですね……」
「ユナ。細かいことはきにすんなって!」
「ユナさんは魔法の練習してたじゃないっすか。なんもしてないのは姫だけっす」
サボり組のそんな会話の中、柚希は未だにセナの顔を弄って遊んでいると。
「ユズキ」
「ん? どした?」
ちょいちょいと手招きをされ、柚希は自然に姿勢を低く、目線をセナに合わせる。
「えい」
「てっ」
と、突然のセナのデコピンに柚希は反射的に声が出る。
気を抜いていた柚希は更に目も瞑ってしまう。つまりは魔王軍と果たし合う勇者としたことが少女相手に隙を見せたのだ。
その、隙に。
少女は勇者の。
闇の中から自分を救い出した王子様の。
彼の唇に、自分の唇を重ねた。
柚希ももう高校三年。
ファーストではないのだが、完全に不覚だった。ファーストでないにしても、今までで一番の美少女だ。
「せっ!? セセセナっ!? 何をしてるっ!?」
誰よりも慌てふためいたのは、横で見ていたオサリン。薄緑の肌が、みるみる青褪めていく。そして彼の叫びがこだまするように、辺りが爆発的にざわめく。
「ユズキの隙をつくとはあのゴブリンやるなぁ……」
「は、はわわ……ユリアナさん何、何ゆってりゅ、んですか……っ……尊い……!」
「ん、ユナさん今なんて?」
村中の注目が集まるなかセナは柚希にも分かるほどうす緑の肌を真っ赤に染めて、一言。
「絶対また来て! ……待ってる!」
セナはそれだけ言って奥へと走っていってしまう。恥ずかしさゲージが振りきったのだろう。
すると今度は注目が柚希一点に集まる。
ここはひとつ、言っておかねばならぬことがあるな。
「ムーア。セナが俺の隙をついたところを考えると……お前妹に負けてるぞ。」
「そっ……そんなっ!?」
いや、実に良い反応をする。だが甘い。
実のところ、セナは完全に柚希を欺けた訳ではない。
柚希は気付いてたのだ。が、柚希の心はその瞬間、『美少女だし、いいくね?笑』という決断を下した。
そこまでを見抜けなければ、まだまだだ。勿論、壮とルタは見抜いていた。それは柚希も気付いているのだが、しかし優奈までもが気付いているとは、柚希も思ってはいない。
それよりもまあ、まずムーアは妹のキスシーンについて反応すべきだ。
「じゃあ本当にもう行くわ。」
「ええ、本当にお気を付けて!」
騒ぎが少し落ち着いて、本当に出発。御者はまたもギラ。
こいつはずっと働いてるから、今回遊んでたことは許してやろう。これからもずっと御者係だし。
柚希は王都を出る時のように馬車から顔を出して手を降る。
遠くでこっそりセナが手を降っているのが、なんだかこっ恥ずかしい。
生きて帰ったら、王都よりもここに帰りたいな。
ふと、そんなふうに思うのだった。
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