第22話 残り物
「随分と静かになったが……終わったかの?」
「いやぁ、本当に勝っちゃったね! すごいすごい!」
「あの、まだ分からないというかもう少し急いだ方が……」
街全体に響き渡るような剣戟の音はなり止み、辺りはすっかり静かになった。しかしそれが取り戻された平穏なのか、嵐の前の静けさなのかはわからない。
三人は、今は無きその音源へ呑気に歩いて向かっていた。
と言っても、今までだらけていたわけでは無い。優奈とルタに先にかけた治癒魔法はどちらも応急の手当のみ。完全に治癒させるとなると、それなりに時間がかかるのだ。
「ユナちゃん。あの二人で敵わない相手だったらね、ユナちゃんならまだしもウチらじゃ敵うはずないんだよ。」
「でも……応援くらい……」
ユリアナは呆れたことを言うが、悲しい事に事実でもある。ルタも同じ考えらしく、急ぐ素振りは見せない。
と、そんな三人に向かって、一人の筋肉質の男が遠くから駆け寄る。
「うぉーい! 皆さん無事っすかー!」
リュックを背負った、魔法使いとは思わせない筋骨隆々な体。
ギラだ。
彼の無事を見て三人も安心する。
「ってか、えっと、あの二人は?」
合流したギラはぶらり散歩気分な三人を見て首を傾げる。
こんな余裕を見ては全て終わったものと思うものだが。
「んあ。多分もう終わったよ。今向かってるとこー。」
「は? 姫、多分ってそれ、まだわかってないんすか!? 何でそんなのんびりしてんすか!」
ギラはどうやら優奈と同じ考えらしく、これで意見は二対二となる。
「ほら! 早く行くっすよ! まだどうなったかわかんないんすから!」
話し合いの余地は無いらしい。優奈は安堵に、ルタとユリアナは別の意味で深くため息をつく。
「ヴァアンプァイアッ!?」
壮の口から飛び出たトンでもない単語、『ヴァンパイア』。
ゴーレムや骨とは核の違いを感じさせる響きに柚希は胸を踊らせる。
否、それどころではない。
柚希の『何か雰囲気変わった?』に対する回答、『ヴァンパイアになっちゃいました』。
「ヴァンパイアになっちゃったて、何!? そんな夜中にカップラーメン食べちゃったみたいな軽いノリで!?」
「いやはや、すみません。別段深刻な問題はないもので……」
実際、そう言う柚希だってヴァンパイアの事など創作物でしか知らないから、人の事を言えたものでもない。
だが少なくとも柚希よりはその意味を知っている筈の現地組が、転化の事を知ってて野放しにしたと聞き、それだったらと柚希も少しは安心する。
柚希の事を襲う様子も無い上、共に敵部隊の隊長を殺したのだから案外大したことでは無いのかもしれない。
例えるならば、夜中にカップラーメンを食べてしまった、というくらいに。
「とにかく、無事に終わってよかった……無事ってか、無死なんですよね?」
「ええ。優奈さんの方も助太刀は必要無さそうでしたし、大丈夫でしょう。」
壮はここに来る前に優奈の元に立ち寄り、そう判断した。
だが果たして本当に──
「ね、大丈夫だったでしょう」
ふふん、と壮は何故か自慢気に鼻をならす。
柚希は壮に促されて耳をすますと、壮が走ってきたその方向から話し声と足音が聞こえた。
先頭で走るは、ギラ……だったが、たった今、その後ろの優奈が追い越した。
ユリアナとルタは、ずっと後ろをのんびり歩いてやがる。
集中して耳をすませば音だけでここまで判断できる。世界を渡った恩恵とは大したものだ、と改めて柚希は感心する。自分の力が恐ろしい。
「お二人とも! ご無事ですか!」
「ちょ、ユ、ユナさん、は、はええっす……」
建物の影から最初に顔を出したのは優奈。続くはギラだ。
優奈に抜かされたのが悔しかったのか、ギラは全力で追って来たらしい。魔法適正で多少は弱まったとはいえ、仮にも勇者様である優奈についていける方がおかしいのだが。
「貴方たちこそ、ご無事でなによりです。勝ったんですね。」
「え、えっと、まあ……」
壮が微笑むと、優奈はなんだか煮えきらない様子で小さく頷く。
なんだか微妙な雰囲気だが、兎に角生きてるならそれで良しだ。
そしてそれから十分ほど経ち。
「はぁ……はぁ……二人とも……飛ばしすぎじゃ……老、人に、無理を……」
「ホ、ホント、だよ……ウチは、普通の、人間、なんだから……」
遅れて二人が、酷く息を切らして現れる。
「白々しい。歩いて来たのは知ってんだよ」
「「!」」
迫真の演技を見破られた二人は衝撃に言葉を失うが、話し声も歩く音も柚希にはバッチリ聞こえていたのだ。
勇者様、ナメるべからず。
そもそもルタに関してはギラより足が早い。圧倒的確信犯である。
「にしても、信じられんの。今まで我々が全力をかけても防ぎきれなかった魔王配下部隊を、こうもあっさりと倒してしまうとは。」
「もう息整ったのね」
本当に白々しい。
ルタはさり気なく話をそらす。
「こうも簡単に、ってお前ら現地組もかなり活躍してたじゃねえか。」
ルタとギラの技も、十分に通用していた。
これまで、最大戦力である二人を失う事を恐れ、王国が彼らを温存していたのだ。
しかしまぁ、出し惜しみで負けてしまっては世話がない。彼らがもっと前線で戦っていれば、状況ももう少しマシになっていたかもしれない。
でも。
ふと、柚希は足元の生首に視線を落とし、思う。
この男、シュネルは、彼らではでは太刀打ち出来なかったかもしれないな、と。
「で、皆さん! どんな敵と戦ったんすか!?」
久しぶりに一同が会すると、ギラは突然目をかせて子供のようにはしゃぐ。
久しぶり、だなんて言っても本当は半日すら経っていないが、それでも皆、随分と長い間離れていた様に感じていた。
『魔王軍幹部を長に十程度の部隊』
今回の敵は今まで数すら明らかになっていなかった謎の集団だ。その正体が気になるのも当然だろう。
「じゃ、まず俺。優奈ちゃんと一緒に魔法使う骨と、ゴーレム倒して、そのあとこれ。」
「わ、私は、その後とりっぽい人と……」
「ほうほう! 僕たちはでっかいナメクジと、壮さんがヴァンパイアを二人。あと鬼と人間がいましたね!」
人間、というこの場に於いて突拍子も無い単語に、ルタとギラ以外の全員が目を見張る。
魔王軍に、人間。
向こうの側につけるのだから、それなりの力を持っていた。
それなりの力を持っていたから、有利な側に付いた。何らおかしくない。そして、失敗しただけだ。
しかし、柚希にはそれよりも気になっている事がある。
ヴァンパイアだ。
この世界でヴァンパイアがどのようなものなのか、三人に聞かねば。と、柚希が口を開こうとすると。
「あの」
当のヴァンパイアが小さく手を挙げる。
「部隊、十程度、ですよね。今回倒した敵は十一。細かい数が分かっていないのならば、もう一かニくらいいる可能性もあるのでは?」
最初の即死した見回りふたつに、ホネ、ゴーレム、鷹男。ナメクジにヴァンパイア二人、鬼とヒト。そしてシュネル。
呑気にお喋りしているが、未だ遭遇していないだけで、まだどこかに潜んでいる可能性は十分にある。
「……どうなんすかねえ」
「どうなんすかねえ……じゃ、ねえよ! 大体『敵部隊はぁ、十くらいです〜』が、唯一の情報っておかしいだろ!」
「仕方ないじゃないすか! 今まで手も足も出なかったんすから! それを言ったらそんなあやふやな情報で戦うユズキさんだってオカシイっすよ!」
「アァ? テメェ何言ってんのか分かってんのかァ!?」
「ヒィー! 殺人反対!」
「兎に角すぐにでも辺りを探さねば……」
「まだ終わりじゃあないんかの……」
「あ、あの、みんな落ち着いて……」
皆が顔を揃えて朗らかなムードだった分、軽くパニックが起きる。よくよく考えれば、この全員が揃っているなら倒せるはずなのだが。多分。
そして収拾がつかないそのパニックを収めたのは優奈ではなく──
「ミャンミャンミャミャ~そぉらぁはあーおくぅておっきくてぇーとってみょとってーみょおっきーくてーにーぼしーがいくつあってみょたーりみゃーくてー……ミャ?」
「「「「「あっ」」」」」
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