第23話 露骨に怪しい猫耳娘


 ほぼ、裸。

 際どい虎柄のビキニからはたわわに実った果実が零れ落ちそうに揺れる。なかなかのモノをお持ちであられる。

 その姿は人間と大して変わらず(これほどのモノをお持ちの方は人間でも少ないかもしれないがそれは別として)、しかし唯一人と違う事と言えば、それには人間の耳がなかった。

 代わりにその頭頂部には大きな猫耳が生えている。

 突如現れた『殺り残し』。これがその姿だ。彼女は柚希達に気づくとアホらしい歌を中断して数秒間停止する。

 そして。


「ミャー……ァ? どうしてこんみゃ所に人間が?」


 あっけらかんと、ぼやくように。

 それはもう、聞いている方が気が抜けてしまうほど。

 あっさりと見つかったことに拍子抜けした一同はかなり長い間、言葉を失う。

 その混乱から最初に復活したのはギラだった。


「……お、お名前は?」


 なんだそれ。なんで名前なんだよ。どうやらまだ混乱しているらしい。

 まあ、最初にフリーズから復活したことは褒めてやろう、と柚希は偉そうに心中で呟く。

 すると猫っ子は両手を腰に当てて眉間に皺を寄せる。それは不機嫌を盛大に演出して。


「名前……そんみゃみょは、みゃい! あんみゃみょは嫌い! みゃーはあみょだっさい名前を付けたシュミェルを殺す者! いつか、絶対忌々しいアイツを……みゃ?」


 と、聞き捨てみゃらみゃいセリフをぶちまけた猫っ子の視線は、柚希の足元に移り。


「……みゃ? そみょ首は、シュミェル? ……ミャ---!! 本当に死んでるミャーー!生首ミャーー! ざみゃみろみゃーーー!!! ………………ひぃえぇぇぇぇっ!? 本当に死んでるミャーー!!?」


 すぐそばまで走ってきて生首を転がしながら笑ったかと思えば一転、某有名絵画叫びのように顔を歪める。

 だがそれはボスが潰されたショックというよりも、強い存在が破られたことに対する衝撃が大きいようだった。

 彼女はさび付いたねじのようにゆっくりと首を回して柚希に向き直る。


「こ、これ、あんたらがやったんか?」

「まぁ。」


 本来ならば、目の前の彼女が怒りに任せて襲い掛かってくる事も考慮して慎重に答えるべき質問だろうが、柚希はなんだか拍子抜けして簡単に答えてしまう。

 すると猫っ子は怒り──はせずに目を輝かせて。


「よくやったみゃあああ! あんたら、みゃーが仲間にみゃってやるみゃ! ……いや! して下さいみゃ!」





「おいおい……なんか言ってるけどどうするよ?」

「どうするじゃ無いっすよ! 相手は敵の一味っすよ!? 明らかに怪しいじゃないっすか」

「そうじゃ。つまり因縁の相手。言語道断じゃ」


 まさかの仲間になってやる宣言。当然会議発足だ。

 柚希は、正直悪くないのではと思っている。

 戦力が増えるのなら歓迎だし、もし寝首を掻こうとでもしようものなら返り討ちにするまでだ。

 とはいえ、簡単には承諾できない。この猫っ子が、本当はシュネルよりも強い可能性だってあるからだ。

 もしそうならば、早くに摘んでおかねば危険だ。

 そしてやはり、現地組は反対する。憎き魔王軍の一味を味方に、だなんて、反対するのが当然であろう。


「一応言っておくけど。みゃーは人間殺してみゃいよ。あいつらみはぁ、みゃんというか飼われていたというか……そんみゃ感じだったんみゃぁ……」

「あっ、ふ~ん、えっと……なるほど、へぇ……」


 相談する柚希たちに対し、彼女は躊躇なくあっけらかんと言う。

 柚希からすれば、至極返答に困る発言だ。飼われていたって、それはつまり、そういう事。この見た目だ。あまり口に出しにくい扱いを受けていた可能性もある。

 兎に角。柚希個人は彼女に恨みもないし、戦う気のない者を一方的に殺すのも気が引けた。

 ということで、だ。


「一先ず様子見で、だめ? ここでの戦いは終わったから少し休憩しようってつもりだったし、こいつの見張りは俺がやるからさ。」


 見張り上等。夜通しその生意気な胸部を見張ってやる。

 それに柚希は彼女と少し、二人もしくは壮を交えた三人で話したい事があった。


「……ユズキが言うなら、ウチはいいよ。」


 釈然としない、という様子だが、ユリアナに合わせてほかの面子も一応は了承する。納得はしてなさそうだ。

 何はともあれこの猫の話を聞くチャンスを貰えたのは柚希にとってよかった。

 先のシュネルを見た反応も、言っていた事もその真意はわからないが、なんにせよ貴重な情報が手に入るかもしれない。




「おい、これ食う?」


 少し時間が経って、夜。

 例の猫っ子によるとここに滞在していた部隊は柚希達が倒したものですべてらしく、今日はこのままタルシュで一晩休む事になった。

 柚希は宣言した通り、猫っ子を見張る。

 時計台のふちに腰かけて足をぶらぶらと振る猫っ子に適当に街の中の店で拾ったパンを渡す。


「みゃ、ありがとぉ。」


 猫はそれを受け取るとにっこりと笑う。

 さすがは魔王サイドにいた者。笑顔一つで恐るべき破壊力を秘めている。侮れない。それだけで最悪童……女性経験の浅い人間は死に至る可能性すらある。

 俺じゃなきゃやられちゃうね。


「もう猫被んなくていいよ」

「? みゃーは猫人だよ?」

「だーかーら。お前そのキャラわざとだろ。最初も出てくるタイミング図ってたの知ってるから。」


 能天気に歌いながらの初登場シーン。あれは演技だ。あまりの阿呆らしさに皆驚いていたが、柚希と壮はその事に気付いていた。

 この猫っ子は現れる前、陰で柚希達をを窺っていたのだ。あの歌……仮にあれを歌とするのならば、それもわざとだろう。

 ともあれ柚希は自分だけにでも包み隠さず真実を話して欲しかった。

 話して欲しい、と言えば聞こえは良いが、信用がならないなら始末する。


「みゃあ、ばれてた? 案外やるみぇ、キミ。」

「柚希」

「って呼べばいいみょ?」


 猫っ子は先とは少し違う、どこかやらしい、淫猥な笑みを浮かべる。

 え、てかおい。まずよ。


「そのわざとらしい口調直せよ。うぜえのにかわいいからかわいいじゃねえか。」

「やみぇろよみゃー。みゃーだってきにしてるんだぞ」

「なん、だと……?」


 それが素だって言うのか……? いやいや、絶対嘘だろ! ……いやいやいや、んなことはどうでもいい。

 柚希は手を胸に当てて冷静さを取り戻す。口調の件は二の次だ。二の次には重要な案件だが。


「じゃ、本音でよろしく」

「はいはーい。拒否したら殺されるんでしょお。」


 彼女も理解が早い。猫っ子は大きくため息をついて一拍置く。


「仲間にして、ってのは、本心。あいつらが負けたみゃらみゃーに勝ち目無いし。シュみぇルが死んで喜んだのみょ、嘘じゃみゃい。せいせいしたみょ。」


 勝てない戦いは挑まない。生きる為に選択する。それは決して間違っていないが、同時に簡単に仲間を裏切るという事。信用はならない。


「言っとくけど、みゃーはアイツらに仲間意識みゃんてみゃいから」


 目を細める柚希の意図を読み取った様に、猫は訂正する。


「みゃーは小さい頃にあのトカゲに拾われて、飼われてたみょ。飼われてただけだから、人間と戦ってみゃいってみょみょ本当。本当に、アイツは余計みゃお世話でうんざりだったんだから」

「いや……それなら育ての親って事じゃないの?」


 それを殺されたなんて、仲間よりもずっと重いではないではないか。


「言ったでしょ! 大嫌いだったんだから! 嫌いな物も食べさせるし、みゃーの服勝手に洗うし、おならとか普通にするし……」

「思春期のガキかよ」

「うっさい!」


 柚希も大概、思春期のガキだが。

 『あいつの事なんて嫌い』

 そう言う彼女の言葉は、柚希には強がっているようにしか見えなかった。


「挙げ句にはみゃーに付けた名前が『ミョンペ』。センスみゃさすぎってレベルじゃみゃい。」

「確かにその名前はひっでぇな」


 名乗るのを嫌がっていたが、想像以上だった。想像以上に、酷い名前だった。

 確かに絶交レベルかもしれない。それは言い過ぎだが。

 にしても、育ての親を殺されたにはドライすぎる。


「みゃあ、愛着が全くみゃい事みょみゃかったみゃ。みゃーだってそれみゃりに戦えるから、ある程度みゃら応戦するけどアンタには敵わんみゃ。だから寝返りたいだけ。」


 以上が真実みゃ、とミョンペは話を締めくくる。一応、筋は通っている、のだろう。

 少し、と言っていたが、戦力になり得るなら現状にはもってこいだ。

 本当に魔王軍に加担していないのなら、引き入れても問題みゃいかもしれない。

 否、問題はあるが、少しかわいそうだと、柚希は思ってしまった。なかなかに甘ちゃんだ。

 できることならばこんな美少女を殺したくはないという気持ちもでかい。


「取り敢えずわかった。明日また皆で話そ。今日はもうネロ」


 二人は時計台を降り、皆が寝る宿屋らしき場所へ入る。見張りの任は終わってないため柚希とミョンペは同じ部屋だ。

 彼女自身、実力差はわかっているらしいから襲ってはこないだろうが、言ってしまえば簡単に寝返る輩。用心は必要だ。

 今夜は徹夜だな、と考えていると、すでに横になった猫は顔だけを柚希に向け。


「えっちみゃ事……しちゃやぁよっ」

「うるせぇ黙って寝ろ。えっちな事するぞ」


 ミョンペはカラカラと笑うと、「おやすみぃ」と言って寝返りをうつ。

 猫の息はすぐに穏やかになり、それにあわせて小さく胸が上下する。

 寝付くの早すぎである。

 柚希は静かな寝息と共に僅かに動く胸部を凝視しながら、頭を悩ませる。

 「よくも仲間をーっ!」なんて言いながら襲いかかってくれば、戦うだけだった。その方が、簡単でわかりやすかった。

 だが降伏、とは少しニュアンスが違えど戦わずに下手に出てくる敵、と言うのは想定外だった。そんなもの、どうすれば良いのか検討もつかない。

 ルタやギラならばある程度対処が出来るが、しかしそれは人間同士の争いでの事。

 今まで一方的に殺されるだけだったこの戦いにおいては、やはり彼らからしても想定外だった。


「うぅぅ……もうめんどくさい」


 一人で考えて答えの出る問題ではない、と柚希は思考を停止する。

 今言える、唯一の事と言えば。

 最初は可愛かったけど、慣れてくるとみゃあみゃあみゃあみゃあ、うざかったな。

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