第24話 処遇



「まあ、取り敢えず? そゆことだから連れてってもいいと思います。俺は」


 翌朝。

 実は潜んでいた残党の奇襲、等もなく無事に夜は明けた。

 柚希はミョンペに関して今のところ敵意は無い事、魔王軍に加担していたわけではない(らしい)事、かといって簡単に信用してはいけない事。

 昨日話した事をある程度まとめて皆に話す。その間、当のミョンペは柚希の背中に隠れてちょこちょこ顔を出したりひっこめたりしていたが、背中に当たる感触がなんとも心地よかったので文句は言わずに放っておいた。

 肝心の皆の反応はというと、やはり芳しくは無い。柚希達転移組は様子見でいいのではと温厚、対して現地組は敵方を引き入れる事に納得できないと不満を漏らす。


「降伏されたところで極刑は免れないっすけどね。」

「でも本当に一緒に戦ってたんじゃないなら、敵の子供を殺してるだけだよ、それ。」

「アイツの子供なんかじゃみゃい」

「もう少し眠りたいんじゃが……」


 低血圧の老人は話にならないので、この際放置する。

 ここまでやっておいて今更だが、やはり柚希は無抵抗の相手を殺す気にはならなかった。

 沢山殺した。

 殺し合った。

 不意打ちだってした。

 だがそれは明らかな『敵』であり、殺す理由があった。

 しかし今回はどうか。

 敵方に居ただけで、本人の供述が正しいのであれば彼女自身は何もしていない。

 これもまた今更ではあるが、柚希は自分に彼女を殺す資格はあるのだろうか、と考えてしまう。ユリアナの言う通り、こちらに刃を向ける者ならば全力で排除するが、その家族まで一掃する理由なんて無いのだ。そんなのは、まるで悪役のする事だ。

 こんなものは、エゴなのかもしれない。

 だが柚希は、ここでうやむやにしてはいけないと、そう思った。


「このことに関しては、お三方で決めることだと思いますよ。我々は部外者ですから。」


 壮は一歩退いて、選択を委ねる。お三方とは勿論ギラ、ユリアナ、ルタだ。

 これは、柚希達がしゃしゃり出る問題ではない。そもそも論を言えばまずこの世界自体関わる事など無かったのだが。

 しかしこればかりは別だ。

 怒りと憎しみに任せて戦意も罪も無い者を殺すのも、殺さないのも。

 今まで苦しんできた彼らが選択すべきだ。

 ということで、と壮はさらに続ける。


「ここはお三方に任せて、我々は席を外しませんか?」




「あ、あの。大丈夫……でしょうか?」


 この日初めて優奈が口を開いた。先の場面でも俯いて黙り込んでいた彼女の表情は未だ暗い。

 三人はこの体になってからというもの、睡眠をあまり必要としない。短い時間で深い睡眠を取れる為、かなり疲れが取れやすいのだ。

 が、優奈はどこか疲れが取れていない様子だった。昨日は眠れなかったのだろうか。


「大丈夫、では無いかもしれませんね。何せ彼らにとっては親や友や恋人や、そして国の仇の一人なのですから。」

「でも……」


 彼らの気持ちなど、到底わからない。わかることなどできない。

 そしてそれは逆も然り。

 突然異世界に召喚され、友を殺され、大勢の命を背負わされた気持ちなんて、彼らにはわからない。

 この六人は仲間だが、本当に分かり合うことは、きっとできないのだ。

 とは言っても、後者に関しては例の恩恵、心身の変化に伴ってすっかり受け入れてしまっている。そんな自分が、嫌になることだっあった。


「ま、それは考えても仕方ないでしょ。猫っ子の処遇は任せてさ、今は観光しない? 実際ここってすごいいい街だと思うんだよね。」

「そうですね。退屈ですし壊れてない場所でも回ってみましょうか。優奈さんも今くらいは楽しんではいかかですか?」


 壮が優しく笑って提案すると、優奈も悩みを振り払うように、小さく笑ってうなずく。

 しかしそれでもその笑顔は、どこか力無いものだった。



 異文化の街並みというのは見ているだけで楽しいものだ。現地の人間からしたら見慣れたつまらない景色でも、異なる文化という煉瓦によって積み上げられた街というのはいくら見ていても飽きない。

 この場合は、国どころか世界が違うのだが。

 柚希達が討伐するまでは魔王の部隊が制圧していた都市。勿論人っ子一人いない。本来は現地の人間なども併せて異文化を感じるものだが、これでは台無しだ。

 しかしこれはこれで廃墟的な魅力を醸し出していて、別種の魅力が生まれている。人類が絶滅した様な、文明が廃れた様な。そんな魅力。

 これは流石に不謹慎だ。


「優奈ちゃん、大丈夫? なぁんか疲れてるっぽいけど」


 街を適当に散策したり、店らしき所から食料を拝借して頂いたり。

 ぶらぶらとうろついた後、少し休憩。水路にかかる橋から足をぶら下げて、ただぼんやりと空を眺めていた。

 思い出したような柚希の問いに優奈はしばし沈黙するが、やがて頷く。


「わ、私、昨日初めて人を……人? えっと……とにかく、人を、殺しました。」


 初めて。

 優奈自身が敵に止めを刺したのは、昨日が初めてだ。

 暫く首を傾げていたのは、それが鷹と人を足したような存在だったからだろう。


「うーん……。でも仕方ないでしょ? 戦うて決めちゃった以上、避けては通れないし。」


 例えばなんだろうか、スポーツのようにどちらも死なずに決着がつくのならばそれが第一かもしれないが、現状はそこまで優しくない。

 優奈は「そう、そうなんです」と頷いて。


「避けては、通れない。な、なのに私は、それを皆に押し付けて、今まで自分だけ後ろで見てたんです。剣で直接刺したわけじゃないから、その感覚が手に残ってるわけじゃあない。……でも、私が魔法で殺したんです。他者の命を、奪ったんです。こんな事を今までみんなに押し付けていたなんて……」


 思いつめる余り、普段と比べ物にならない程言葉が流れ出てくる。


「あ! え、えと、いきなりこんなベラベラ、すみません!」


 話して少し冷静になったのか、優奈は慌てて頭を下げる。謝る必要なんて、無いというのに。

 殺したことに対するショックがそこまで無いのは、やはり恩恵による心身の変化と、魔法という手に感触の残らない方法だったから。

 しかし最初の強姦魔の件は柚希が勢い余っただけ、ゴブリン村での事も柚希が腹をたててしただけ。改めて考えて、自分の手の出る早さに柚希は引く。

 だが、事実それ以上でもそれ以下でもない。優奈が押し付けていた、という事はひとつもない。

 が、それを言っても彼女の表情は晴れない。

 完全には、晴れないが。


「そ、それは……そうかもしれませんけど……。でも、今まで何も考えてなかったんです。……ゆず君!」

「はい!? なんすか!?」


 いきなり大声を出すものだから、柚希も驚いて声が裏返る。

 優奈は真剣な眼差しで柚希を見据え。


「これからはもっとこう……頼ってください!」


 その表情は晴れてはいないが、少しは曇も減った様子だ。


「二人ともー! いい物が見つかりましたよぉ!」


 二人の元に、酒屋を漁っていた壮が尋常じゃないスピードで駆け寄る。その手にはいくつかの酒瓶。バーテンダーが言うのだからきっと、それはいい物なのだろう。

 柚希は立ち上がると同時に優奈の腕を引いて、無理矢理立たせる。


「うし! 行こうぜ! 飲もう! 今は飲もう!」




「遅いっすよ! 少し席を外すとか言ってどんだけ待たすんすか!」

「んあぁ、わりわり。てかそれなりに考える時間も必要かと思っての配慮でもあるんだけど。」


 猫を置いて少し席を外す、と言って三人は結局三時間帰らなかった。

 機嫌が悪いのか、ギラは元から鋭い目つきを更に鋭く研ぎ澄まして睨みつける。

 申し訳ない。いい酒であった。


「そんなことより。そうなりましたか。」

「そんなことって……」


 割と本気でイラついている事をを華麗にスルーして壮は現地組三人の背後を見やる。

 そこにあるのは、横たわる体。頭から猫の耳が生えたそれは静かに、それは安らかに眠っている。結論はでたようだ。


「むゃあ……あ、ユズキィ、おかえりぃ。」


 本当に、寝ている、だけだったよ、コイツ。よくこの状況で寝られるな。もうむしろすごい。

 とはいえ、ミョンペのアホはほぼ演技、実際はそれなりに頭が回る。寝ていて殺されるのなら仕方ないとでも思っているのだろうか。


「こみょ人たちはみゃーを生かしてくれるって。」

「勘違いしないでほしいっすね。ユズキさんたちがなんとなく反対していたからっすよ。」


 ミョンペの言葉にギラが嚙みつくと、二人も同時に頷く。

 当たり前だが、仲良しこよしとはいかない。が、少なくとも数日は行動を共にするのだ。信頼はしなくてよいが、ある程度は仲良くして頂きたい。


「そういやコイツ、頑なに名前を言わないんすけど。」

「ふしゃーっ!」

「おー猫ってんなぁ」


 「あんなやつ嫌い」は強がっているだけではないか、と判断した柚希の観察眼からすれば、名前を嫌っているのは本心からの様に見えた。


「うーん、名前、嫌なんだろ?」

「んみゅ」

「でもなぁ……お前とかコイツってのもなぁ。」


 王都に帰った後にも、付き合いが続くとは限らない。だがこの数日だけでも、そんな味気ない呼び方をするのはどうにも気が引けた。


「まぁ、お前みゃーみゃー言ってっし、『ミヤ』でいい?」

「……」


 ウザいけど一人称『みゃー』だし、丁度いいんじゃね? と柚希は提案する。

 さすがに安直過ぎたか、皆が微妙な雰囲気で柚希に視線を送る。

 やめてくれ、許してくれ。そんな目で見ないでくれ!


「いやいや、なんだよその目。あだ名なんてそんなもん──」

「気に入ったみゃ!」

「えっ」


しかし猫っ子、本名ミョンペは満足そうに笑顔を咲かせる。

 ……コイツ、案外アホはキャラじゃあないのかもしれないな。

 柚希は眩しい程の『ミヤ』の笑顔に苦笑した。

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