第25話 帰りの道

 一先ず、暫定的に『ミヤ』がメンバーとして加わり、一旦王都へ帰ることとなった。

 不意を打つ為の隠密行動だったが、前線部隊を潰しては敵方にも知れてしまうだろう。ならばいっそ公にこれを発表して人々の士気を上げよう、という事だった。

 倒した敵の死体は後々調べるらしく、市役所の様な公的建物の中に詰め込んでギラが氷漬けにした。かなり雑だったがそれでいいのか。


「と、言いましても。どうやって帰りますか?」


 方針を決めた所で壮が唐突に疑問を投げ掛ける。


「どう帰るってそりゃ……あ、馬」


 馬。最初に首飛ばされていた。見回りの警戒心を高めないためにも、敢えてそこでは抵抗せずにされるがままで馬を殺された。ウッマには、悪いことをした。

 ともかく、呑気にも他の面子も移動の足の事は忘れていたらしく、皆一様に顔を見合わせて沈黙する。

 歩いて帰るか? しかし、それは転移組には大した事ではないが特にユリアナには大きな負担。一同が口を紡ぎ悶々とした空気の漂う中、それをバッサリと切る者がいた。


「あみょぅ、みょしかしてだけど、馬車みゃらアイツらが使ってたのがあるかみゃぁ、って」




「こ、これが……」


 ミヤの案内により『アイツらが使ってた馬車』に辿り着く。

 ごくり……と言わんばかりの声を漏らしたのは御者のギラだ。

 黒を基調としたゴシックな馬車。魔王軍幹部御用達なだけあって絢爛な彫刻が施されているが、果てしなく禍々しく露骨に「魔王軍!」といった外見だった。

 馬車は二台、片方には巨大な屋根の無い荷台がついているが、おそらくギラとルタが相手したという巨大ナメクジ用の物。

 馬車の中には、大した物は無い。元から人員のみを乗せていたのか、降ろしたのかはわからないが。

 だが、ギラが声を漏らしたのは馬車の外見に関して、では無い。

 二台の馬車、それを引くそれぞれ二頭ずつの馬。それには首から上が無かったのだ。


「馬の首が落とされたから代わりを探してたんだけどなぁ……えっと、ギラ。これ使えるの?」

「最初から無ければ首が落ちる心配みょみゃい! みたいみゃ。」


 御者としては別段卓越した技術を持っているわけではないギラ。突然首の無い馬を寄越されて扱いこなせるものなのだろうか、と柚希は気に懸ける。

 ギラは馬の体を触ったり手綱を握ったりして、反応を確認する。するとそれに合わせてなのか、馬の方も一歩二歩進んだり止まったり。

 そしてギラは心底気持ちの悪そうな顔で振り返り。


「大丈夫、きちんと指示通りに動くっす。ホント、全くの指示通りに。何も反抗しない、生きていないのがひしひしと感じられるっすよ。」


 それは、ロボットの様に。ギラの感覚からしたら、ゴーレムの様に。

 それでも、移動の足が手に入ったのは喜ばしい事だ。

 昨日は皆ゆっくり休めたから、この日はすぐに出発する事となった。

 使うのはナメクジ荷台がついていた方、それを取り外して使う。なんでも後ろに元の馬車を連結出来るらしい。


「ホラ、何してんの? さっさと乗りなよ」


 意外だった。

 魔王軍の物を使うことに多少なりとも抵抗があったりするのだろうか、と柚希は思ったのだが、当の三人がさっさと乗ってしまう。中から顔を出して急かすのはユリアナだ。三人からすれば、それは戦利品程度の感覚だ。

 魔王軍幹部を倒した勇者の手土産としては不自然だが、食糧不足らしいので詰め込める分だけ食糧を馬車に詰め込んで、一行は街を出る。最初に向かうは元の馬車を隠した場所。と言っても十分かそこらで着く距離だが。


「……なんつーかこう、特筆して速くも遅くもねぇんだな。」

「つまんないネー」

「わしゃあ馬鹿みたいに速くて酔うよりかは良いと思うがの」


 魔王軍幹部御用達、首無し馬の馬車。

 インパクトはデカいのに、それ以外に大した特徴は無かった。

 少し期待していた分、柚希は肩を落とす。

 馬は首が無く、当たり前だが全く声を上げない事以外は普通の馬と大差ないものだった。

 文句を吐きながら十五分程行けば、もう馬車を隠した地点へ到着した。隠した、と言っても物陰に置いただけだが。

 というのも、あの時は見回りを殺してしまったが為に急がねばならなかったのだ。馬を火葬する余裕さえなかった。つまり馬の死骸もそのままだ。

 昨日来て、処理すべきだったな、と少し後悔する。ひと段落して安心していたから、すっかり忘れていた。

 相手の気を緩めるために囮にした挙句忘れて放置とは、ウッマには本当に悪いことをした。もし来世というものがあるのなら、人類が支配する前の地球のような平和な地で生まれて育ってほしい。


 元の馬車を魔王軍の物と連結する。いかにも魔王な馬車といかにも王様な馬車が連結したそれは栗の木に林檎が生っているように不自然だった。

 一方、馬は優奈の魔法で火葬することとなったのだが。


「えと、じゃあ、やります。」


 優奈がそういうと、馬の死骸を囲んだ皆が頷き、念のため少し離れる。

 瞬間、二頭の馬の死骸が瞬時に業火に包まれる。まさしく業火。一瞬にしてそれを包み込んだ炎は、対象を造次顛沛に焼き尽くす。つまりそれに包まれた死骸はひとたまりも無く。


「………。」

「あっ」

「……す、すみません……すみません!」


 なんと十秒足らずで僅かな骨のかけらのみ、もとい消し屑となった。さすが勇者、ただの馬などものの十秒で文字通り消し炭なのだ。しかし優奈としては、これでも加減したつもりだった。

 短い付き合いだったから特に思い入れは無いが、もう少ししんみりと見送りたかったものだ。


「………ま、まあ! ここは切り替えていきましょ! きっと国王陛下も良い知らせをお待ちしてるっすよ!」


 何故か優奈が若干泣きそうになり、ギラが慌てて締めくくる。一拍遅れて皆も「そ、そうだ!」と同意してわらわらと馬車へ乗り込む。これではむしろ本人が気にしそうだ。




「「・・・・・・・。」」


 空気が、重たい。

 当然、予期はしていた。同行を認めたとはいえ、敵方にいた一人と共にこの狭い空間にいるのだから。それも、ただ育てられていただけだという証言だって確実に信じられるわけではない。

 ユリアナたちも、何と声をかければよいのか分からなかった。


「みゃんだか気みゃずいみゃぁ」

「誰のせいなんだろうネー」


「「………」」


 その空気に耐えかねてなのか、当のミヤが口火を切る。勿論本人に自覚はあるだろう。

 だが、今回の事に関しては柚希が責任を感じていた。

 これから、もしかしたら行動を共にするかもしれない身。少しくらいは打ち解けよう、と同じ馬車に乗せてしまったのだから。

 後ろに連結した方の荷車は荷物置きとなっているが、座る場所くらいはある。そちらで暫くは様子見すべきだったか。


「あ、あの、お互いの事よく知らないから改めて自己紹介とか、どうでしょうか……」


 現状に堪え兼ね、どうにかしようと優奈が案を出す。

 自己紹介。確かに無難な所だ。無難な所だが。


「お互いの事? ウチらが魔王軍に虐殺された思い出話でもする?」

「はぁ? 何それ。みゃーは関係みゃいって言ったよみぇ? みょう忘れちゃったみょ?」

「まぁまぁお二人とも、少し落ち着いて下さい。」


「「………」」


 どうにも、特にユリアナとギラがミヤを良く思っていない。只の八つ当たりだという自覚も、本人にはある。だが敢えて蒸し返すことも無い。過去の話はNGだろう。

 ルタは案外落ち着いているが、そんな事は露知らずユリアナとミヤの間にはバチバチと火花が散る。いっそ優奈が魔法で実際に火花を散らせば場も少しは和らぐかもしれないが、彼女にそんな心の余裕は無い。

 ミヤは煽るように軽い態度、ユリアナは子供くらいなら殺せそうな殺気を放ち、話題を切り出した優奈は変な声、というか音を出して泣きそうになる。


「だいたいアンタさ、ウチらの温情で生きてんのに遠慮とか感謝とか無い訳?」

「温情! 恩着せがみゃしいみゃあ。確かにみゃーはアイツらの側にいたけど好きでいた訳でみょ人間へ危害を加えた訳でみょみゃい。」

「そんなん信用してないから。信用されないのわかってるよね? そんな様子だからだよ。それでも生かしてやってるんだろうが」

「みゃーの種族差別してた人間様が感謝しろとはお笑い草だみゃあ。みゃだ差別意識は抜けてみゃいみょ?」


 まってぇそろそろ落ち着いてぇ。

 二人のバトルは止まることを知らずにどんどんとヒートアップする。


「ウチはアンタの『好きでいた訳じゃない』っての信じてねぇんだよ。家族とか友人が次々に死んでく気持ちがわかんの?」

「はー、そうですかそうですか。結局ただの八つ当たりって事。そんみゃ気持ちわからんですよー。だってみゃーは家族みょいみゃい、魔王軍み味方みゃんていみゃいし勿論人間側みみょいるはずみゃい。帰る場所のある奴が孤独を語るとは憐れだみぇえ。大体、今のみゃーみょ一応の家族を殺したみょはそっちでしょ。」

「あ?」

「あ?」

「はぁい失礼しましたーっ!」


 堪えかねた柚希はミヤを抱え、走る馬車から飛び出した。




「お、お前、お前……」

「ぅー、みゃぁ!」

「かわいい」


 馬車を飛び出した、と言ってもそのまま転げ落ちた訳ではない。後ろに跳び移って荷物置きと化した方へ移動しただけだ。

 荷物置きとはいえ元々それなりに大きい。人の入るスペースも残っていた。


「ごみぇんみぇ。でみょ今はあんみゃり同じ空間にいみゃい方が良いかと思って。」

「まぁ、俺にこうして欲しかったってのもあったんだろ。でも割とガチでキレてたよな、お前も。」


 柚希が指摘するとミヤはえへへ、バレてたか、と苦笑。

 バレてた、というかあれが演技だと少し怖い。もしそうなら演技うますぎだ。

 ミヤの苦笑いは少しずつ、切ないような雰囲気を帯びる。


「ん……仕方みゃいよみぇ。みゃーがアイツらの性処理係にされてた、とかだったら同情しやすかっただろうけど、そんみゃ事はみゃいし。」


 珍しくアホらしさが抜け、いっちょ前に物憂げに漏らす。

 そういえば、ミヤは『帰る場所がない』みたいな事を言っていた。


「お前、家族とかいないの?」

「ユズキは遠慮とか無いみょかみぇえ。」


 うむ、確かに斟酌の必要があった。いまのは我ながら不躾だった。

 柚希は反省して素直に頭を下げる。

 ミヤはため息をつきつつ、「みゃあいいけど……少し長くみゃるよ?」と確認。問題ない。どうせ暇な移動時間だ。と柚希も頷く。


「みゃーの両親は五年前、んー、みゃんというか種族間のいざこざ、みたいみゃみょで死んだ。両親というか一族のほとんどだみぇ。」


 当時はまだ前魔王の時代、穏健派の前魔王時代に領内でミヤの一族を一方的に虐殺した対抗種族も、前魔王の制裁によって滅亡した。が、襲撃の際に両親が囮になりなんとか逃げ延びたミヤは森の中で動物を狩ったり、植物を摘んだり、まさに野生児としてどうにか生きていた。

 そんな時、何の因果か出会ったのが例のトカゲ、シュネルだった。彼は小さな子供が、しかも女の子がこんな場所で一人でいてはいけない、とミヤを拾ったのだ。


「みゃーはいいって、余計なお世話だって言ったのに無理やり連れてかれて。久しぶりに湯を浴びて、料理された飯を食べて、ベッドで寝て。それで、それで……あれ?」


 そこまで話して、ミヤは自分で首を傾げる。


「それでそれで、あれ、みゃーは、なんでアイツの事、嫌いだったんだろ……?」


 次第にミヤの唇は小さく震え、その猫のような大きな瞳は潤み。やがて溢れた水分が零れ落ちる。彼女はそれを慌てて拭い、柚希に隠すように後ろを向いて縮こまる。


「え、嫌、何だろうみぇ、これ。親の事、思い出したからかみゃ?」


 言い訳をしながもミヤの涙は止まらないのか、それを拭う手は止まらない。口ではああ言っていたが、やはりシュネルの事は好きだったのだ。家族として、大切に思っていたのだ。

 つまり、柚希は完全に、ミヤにとっての第二の親の仇。この涙は、それを証明する物になる。

 しかし、柚希は寧ろ安心した。長い間側にいた者が殺されて、そこまでドライでいられる輩の方がよっぽど恐ろしい。


「う、やだ、ちょっと、見みゃいで……」

「………」


 本来、この場合の正しい対応としては優しい言葉をかけたり、またある程度好感度が高ければ抱きしめたりが正解なのだろうか。

 柚希にそれをする事は出来ない。

 そこまで、対人スキルに長けていない。

 そしてそれ以上に、する資格がない。

 当のシュネルを殺した仇は、やはり柚希なのだから。

 たとえ理由や大義があろうとも、彼女から第二の家族を奪ったのは、紛れもなく柚希なのだから。






「落ち着いた?」


 柚希が声をかけると、ミヤは黙ったまま、こくりと小さく頷く。それなりに号泣したミヤの目尻は赤く腫れていた。

 とりあえず話題を変えようか、と思い「ひとついい?」と聞くと彼女はまた黙って一回首を縦に振る。


「お前味方はいない、とか言ってたけど人類と亜人類? は、仲間なんだろ? お前結構人に近い見た目だけど亜人類ってのとは違うのか?」


 そもそも柚希はこの世界について何も知らなさすぎる。人類と手を組んだらしい亜人類とやらの定義さえ知らない程に。

 知らないなりに考えれば、柚希から見ればミヤも立派な亜人類だ。


「亜人類、というのは単に人類にとって都合の良い言い回しでしかないからの。」


 その答えは、意外な所から聞こえてきた。突然馬車のドアがガチャりと開き、体を滑らせるように入ってきたルタがそう答えたのだ。

 都合の良い言い回し? と首を傾げると彼は柚希の隣に座って続ける。


「単純に分類するのならばその娘も亜人類であろう。だが人類の言う『亜人類』は人類と友好な、もしくは都合のいい亜人の事を言うんじゃ。人類と良好な関係でない亜人は亜人であっても『亜人類』では無いんじゃよ。」


 ルタは呆れたように言う。

 人類には亜人に対する差別もあった。尤も、今は差別などしている余裕は無いが。

 一息つくとルタはミヤと俺の顔を交互に見て、先よりも更に呆れたようにため息をつく。


「それにしてもユズキさん、この娘を抱えて出ていったと思えば密室でこんな顔になるまで泣かせるなんて、なんたる鬼畜。見損なったのう。」

「え……え!? いやいやいやいや、違……くはないけど、そうじゃないんだよ。な、色々、な。」

「ユズキにいぢめられた……」


 ルタの言葉にミヤも悪ノリする。


「女を密室で虐めるとは……いったい何を……」

「まてまてまてまて」

「ぷっ……えひひ」


 老人が予想外なノリの良さを見せると、ミヤは堪えきれずに少し吹き出す。笑い方が少し変なのも愛嬌だ。

 ミヤが柚希達を恨んでいるのか、それは本人にしかわからない。

 今共に行動している事をどう感じているのか、それもわからない。

 『ミヤ』という第二の親を殺した者に付けられたあだ名をどう思っているのかも、わからない。

 だが今はこの笑顔だけでも本物ならそれでいいじゃないか、そんな甘ったるい事を、柚希は考えていた。

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