第28話 第二を殺した第三の


「……ユッ……ズキッ……様っ……! 無事の御帰り、心より喜び申し上げまず……!」


 この日は国王から「明日、大切な発表がある」的な事だけを国民に伝え、帰還した一行は取り敢えず風呂にでも入ってリラックスする事にした。

 柚希がシャワーに向かう途中に鉢合わせしたのが、このコケメイドもといアネットだ。

 最初の「ユズキッ!」で泣きそうになるのを堪え、仕事モードへと切り替えて一文言い切ってから泣き出した。


「ちょと、そのお堅いのやめっつったじゃん」

「だってぇ、ユズキ様は勇者様だからぁ、ああ、あぅ……うわああああん!!」


 何に感極まっているのかは柚希にはわからないが、アネットはその場で大人気なく号泣しだす。


「あーあー、ほら泣かない泣かない。大丈夫だよー。」


 泣き喚くアネットの頭を軽くなでると彼女は涙を拭くように柚希の胸に顔を押し付ける。頭を撫でたのは調子に乗りすぎたかと思ったが、そんな事はなかったようだ。


「ありがとうございま! ありがとうございまぁぁぁ!!」


 にしても、もう少し静かに泣けないものか。




「では皆さん、お疲れ様でした。これで終わりではない、というよりここからが始まりです。が、今はこの勝利を祝して。乾杯」


「「かんぱーい!」」


 壮の音頭に合わせ、グラスのぶつかる音が響く。ちなみにこの『乾杯』でグラスをぶつける動作は、柚希達三人の入れ知恵。

 お疲れでしょう、今日は皆様ゆっくり休んでください とのことだったが、途中ゴブリン村で休んだ為大した疲れは無かった。ので、皆シャワー上がりに祝勝会だ。


「っだーっ! なぁんでよぉ、んな殺し合いなんてしてんだよぉ! あたしゃいっぱんじん! いっぱんじんじゃてぇ!」


 優奈は早速出来上がっている。酒は好きだがすぐ酔う、は健在のようだ。

 折角の祝勝会、悪酔いだからと取り上げても仕方ない。今はそれも含めて、楽しむ。


「ユナさん、あまり飲み過ぎない方が……」

「ああ? まだまだぁまぁィケルってんだぇ!」


 ギラの制止を振り払って酒瓶直に口を付けてラッパ飲みする。暴れまわったせいか大胆に寝間着ははだけ、たわわに実った果実が今にもこぼれそうに……と眺めていると壮がそっと肩に上着をかける。


「んー、壮ちゃん! ありがとねぇ、あはははは!」


 柚希はグラスに残ったライチのような香りのリキュールを一気にと飲み干し、部屋を見渡す。

 五十畳ほどの部屋。居るのは六人パーティのみ。

 勿論ミヤはいない。今どこにいるかは知らないが魔王軍の捕虜だった、という嘘は説明してあるし、ミヤもここで変な気を起こす程馬鹿ではない。今、人間を殺すメリットが無いからだ。

 ただしもう種族に生き残りがいないというミヤが突然現れても不自然なので、王城を出ない事は確約した。

 そして一方王城関係者とは、これはミヤの知らない所なのだが、彼女を差別するような者は一切を容認しない、とも。

 帰還した英雄に楯突く愚か者も、やはりいない。


「なぁ? ゆずくぅん? 高校生がお酒とは良くないんじゃあ無いかなあ?」


 遂に優奈のダル絡みの標的は柚希となり、ドカッと肩を組まれる。

 柚希は久しぶりに肩に押し付けられる柔らかい感触に全神経を集中させつつ、しかし表面上は適当にあしらう。


「いやぁ、もうこっちの世界じゃ問題ないっしょ。」

「ぬぇ~、ぬえっへっへあいぇ? うへへへへっ!」


 どうやら優奈に会話する気は無いらしく、只誰かに絡みたかっただけだったようだ。柚希は引き続き肩に全神経を集中させていると、反対側の肩をユリアナにげしげしと蹴られる。


「おいユズキ。貴様なに乳の感触楽しんでやがる。」

「はぁ? 自分が貧しいからって他人に当たるなよ」

「うわ……マジでサイッテー。ケンカ売ってんのかぶっ殺すぞ」


 どうやら顔に出ていたらしい。ユリアナの気に食わなかったのだろうか。


「うわすげえ! 酒混ぜてこんな綺麗にできるもんなんすね!」

「ははは、かつての仕事ですから。」

「なになにー? ウチにもウチにも!」

「はーい! 優奈ちゃん脱ぎまーす!」

「おいまてやめ」

「うわあ! 布! 布!」



────────────────

─────────

────



「っだああああああ…………はぁ……」


 柚希は部屋に着くやいなや、キングサイズのベッドに飛び込む。と同時に自然と大きなため息が漏れる。

 飲み会とは、まあ楽しいけどこれほど疲れるものなのか。否、これは日本での一般的な飲み会とは大きくかけ離れているのかもしれないが。


「ん、もう寝よっかな……」

「うみゅ」


 特別大きなベッドを謳歌するようにごろりと寝返りをうった時。柔らかいような暖かいような、そんな何かを広げた腕が踏みつけて、変な音が鳴った。


「ん、ユズキ。やっと帰ってきたみょ。」


 ベッドからむくりと起き上がる影。茶色の髪色と同じ大きな猫耳が特徴的なソレは、寝ぼけたような気の抜けた声を出す。

 俺らが飲んでる間どこにいたの? とか、なんで俺の部屋にいるの? とか。様々な疑問が頭に浮かぶ。

 でも、それ以上に──


「お前、服……。」


 起き上がったミヤは、体に一切の布を纏っていなかった。


「あ、これ。みゃーはみぇ、寝るときは全裸派みゃみょ。」

「知、ら、ね、え、よ! 何でだよ! 何で男の部屋で全裸なんだよ! ナメてんのかァ!?」


 柚希は半ばギレ気味に怒鳴りつけると、ミヤは若干引いたように「えっ」と漏らす。

 えっ、じゃねえよ。引いてるのはこっちだよ。


「みゃーの種族は人間からみたら龍くらい性対象んみゃらみゃいって聞いたみょけど……」

「ンなわけねえだろ! 龍って! いや龍がどんなんか知らんけど。んな美少女が対象外のはずねええだろうが!!」


 柚希が怒鳴りつけるとミヤはようやく、多少は自覚したのか少しだけ赤面して今更もじもじと体を隠し始める。


「みょしかして、みゃーすっごく恥ずかしい事してる?」

「おう、服着れ。」


 分かっていただけて何よりです。と言っても寝間着はないらしいので、柚希は自分用に用意された寝間着を渡す。

 ぶかぶかの服一枚というのは、それはそれで目に毒だが無いよりましか。否。寧ろ一枚だけ防御力の果てしなく低いそれを纏った事で、敢えてその下へと興味を沸かせるという逆説的な魅力を醸し出してしまっている。

 ……危ない危ない。一時の気の迷いで、一生モンの責任を背負う訳にはいかない。


「そもそもなんでお前ここにいるんだよ。」


 ここは柚希に割り当てられた部屋で間違いないはず。

 それは勿論、二人でも三人でも十分な広さではあるが、他にも部屋はありあまっているだろう。

 するとミヤは柚希の言っている意味が分からないとでも言いたげに首を傾げて。


「『一応一人みは出来みゃいから、誰かと同じ部屋みしよう。だったら一番仲みょいいユズキみょ部屋』て意見で纏みゃったって、聞いたけど?」


 ミヤは他の皆から、しっかりと理由を聞いた上で納得してここにいたのだ。

 しかし、柚希は全く聞いていない。それどころかいつの間にそんな話をしていたのかすらわからない。

 けど、まあ、いっか。もうめんどくせ!


「あ、そ。じゃあもう俺寝るから。おやすみー」

「ちょ、ちょちょちょちょ。みゃーに気を使ってソファーで寝るとか、みゃいみょ?」


 疲れたからさっさと寝よう、と横になると、猫がその頭を叩いて生意気を抜かす。


「はぁ? 嫌ならお前がソファー行けよ。俺の部屋だし。大体お前、さっきまで惜しげもなく全裸披露してたやつが何だお前」

「だ、だってユズキが……ミヤは可愛くてエロい体つきで性格みょドストライクで理性が持たみゃいとか言うから……」

「言ってねえかなあ」


「「…………。」」


 柚希は、添い寝が嫌なわけがない。はずがない。寧ろウェルカムボードのカムバックマドンナだが、ミヤはどうか。

 第二の家族の仇と添い寝なんて、したくないだろう。

 少なくとも、柚希はそう思った。


「わーったよ。俺がソファーで寝るよ!」

「やたーっ!」


 ここまで粘って何だが、ソファーもまた一級品。実際ベッドと大して変わらない。もう疲れたから、さっさと寝たいのだ。

 柚希はソファーに移動してすぐに眠りについた。



「……ぅっ……ぐすっ……」


 大半の人間が寝静まったであろう夜中。押し殺して尚漏れ出してしまったその嗚咽は、今の体になって以降殆ど眠りを必要としないうえに聴覚の優れた柚希の目覚ましとして十分なものだった。

 柚希はソファーから起き上がり、ベッドに腰かける。ミヤもそれに気付いているが、黙っていた。


「大丈夫?」

「うっさい。」


 声をかけても、返ってくるのは無愛想な反応のみ、かと思ったが。


「大丈夫じゃみゃいから、こう……こう、みゃってんでしょうが。」


 それは、慰めろという意味だろうか。そこまで自分で言っておいて「泣いてる」とは言いたくないのか。なんなんだその意地は。

 と、それはともかく。前にも同じようなことを考えたが、柚希はまたも同じような事で悩む。

 果たして俺にミヤを慰める権利があるのだろうか。なんたって、今ミヤが孤独を感じている原因は俺なのだから、と。


「面倒みゃ事とか、考えてんじゃみゃいよ」


 ミヤは柚希の心中を察したように言う。これでは、寧ろこちらが励まされてるようではないか。

 しかし、本人がそう言うのならば遠慮なく言わせて貰う。


「お前さ、身内どころか同じ種族すらいなくなっちまったんだろ?」


 ミヤは背を向けたまま、こくりと頷く。

 よくよく考えれば、いや考えなくても孤独や寂しいなんてレベルではない。友達がいないとか、両親が死んだとかそんな次元の話ではないのだ。

 自分の味方が一人もいない。ラブソングでありがちな『もし世界すべてが君の敵になっても』のようなフレーズ、まさにその状況だろうか。

 しかもつい最近までは共に暮らしていた唯一の味方もまた、殺されたのだ。

 まさしく、柚希に。


「面倒なこと、考えない訳ねえだろ。でもな、少なくとも俺はこの世界の常識なんて全く知らねえから、お前に偏見とか差別とか、まずそういう概念がねぇ。これは気を遣ってる訳でもねぇ、純度百パーセントの本音だ。それと、お前を拾ったのは俺だろ?」


 生かすか否かの判断は任せたが、そもそも拾おうとしたのは柚希。つまり責任は自分にあると、柚希自身は感じている。


「ちゃんと責任は取る。万が一身寄りがないとか味方がいないとか、そんなんでお前が生きていけないなら、そんときゃ俺が一緒にいるよ。」


 ただし、ミヤも自分の味方である限り。そして自分が生きている限りという条件はつくが。

 お前が敵になっても、俺は味方だ! だなんて格好つけられるほど、深い仲にはない。

 だがこの二つさえ満たしておけば、出るとこ出てる猫耳美少女なんて大歓迎。株価はストップ高だ。

 柚希がひとしきり言いたいことを言うと、ミヤは顔を隠すように口元まで毛布を被る。


「……プロポーズみゃでしろみゃんて言ってみゃい」


 確かに、プロポーズともとれる言い方だった。

 でもこれがプロポーズだったらなんだか不本意というか、打算的な雰囲気でちょっとやだなぁ。


「そこまでゃ言ってねぇよ。お前が慰めろって言ったから慰めただけだろ。」

「みゃっ……!! 慰みぇろみゃんて言ってみゃいし!」


 ミヤは毛布に隠れていた先までとは逆にガバッと起き上がり、柚希を思い切り睨み付ける。睨み付ける、といっても殺意も憎しみも無い、照れ隠しのかわいいものだ。

 が。ガバッと起き上がり、という事はつまり、必然的に被っていた毛布ははだけるのだが。


「お前……結局脱いでやがんのかよ!!」

「だ、だからみゃーは寝るとき全裸派だって!」

「うるせぇ! ああもう我慢ならねぇ男の部屋で裸ってのがどういう事か教えてやるよぉ!!」


 酒に酔っているのか、それとも雰囲気に酔ったのか。勢いのまま柚希は上を脱ぎ、つまり上半身裸になってミヤに飛びかかった。

 なんて事はしても、実際に本気で襲うつもりなぞない。ただのおふざけ、強いて言えばしんみりした空気がむず痒かったからごまかそうという算段、それだけだ。


「み、みゃーはその気はみゃいからーっ!」

「ぎぃやぁぁぁ!!?」


 そう、おふざけの筈だったのだ。

 しかし悲しきかな、ミヤはそれが通じていなかったようだ。

 咄嗟に目を瞑って振りかぶったミヤの爪が柚希の左肩から右の脇腹にかけて一直線に地肌を撫で、鮮血がベッドへ、さながらゲリラ豪雨のように降り注ぐ。……とはさすがに大げさだが、それなりに深い裂傷を生んだ。


「わ! めちゃやべぇ! さほど痛くはねえけど結構入ってる!」

「わ!? ご、ごごごみぇん! ごみぇんみゃさい!!」

「俺にここまでの深手負わせたのお前が初めてだぞ!」


 深夜テンションもあり、二人でとち狂ったようにギャーギャーと叫んでいたその時。バン! と大きな音を立て、半ば蹴破られたように扉が開く。


「おい! っるせぇぞうすら馬鹿ど………も……。」


 一体どうしてお前がここにいるのか。ちょうど散歩していたとでもほざくか。いやないだろ。お前はもっと、別の厳重な部屋に、丁重に丁重に、普段は置かれている筈なのではないか。


「ユ、ユリアナ。違うんだ。色々と、本当に色々とあってだな。」


 ベッドの上、申し訳程度に毛布で体を隠す全裸猫耳美少女と、人間大の猫に引っ掻かれたような大きな裂傷から血を滴らせる、半身裸の男。

 嗚呼、神よ。

 言い訳の余地はないだろう。

 諦めた柚希はその場で背筋を伸ばし、胸を張って静かに目を瞑る。

 まっすぐ、ゆっくりと柚希に歩み寄ったユリアナその頬に思い切り手のひらを叩きつけ……はせず、どういうわけか黙って柚希の傷の治療を始めた。


「ユズキ」

「はい」


 彼女の瞳は柚希の目ではなく傷を見つめているが、その真剣な眼差しに思わず敬語になる。


「うちはユズキを信頼してる。」

「はい。」

「だからな、お前の言う通り事情があるんだと思う。」

「はい。」

「合意の上なら、構わない。うちが口出しすることじゃない。合意の上には見えないけど。」

「はい。」


 決して浅くは無かった傷はあっという間に治り、傷跡すら微塵も残っていなかった。

 よし、と軽く傷のあった胸をべちりと叩くと、ユリアナは柚希の目を覗き込んで両肩に手を置く。

 そして優しく微笑み。


「何かあれば遠慮なく相談してくれ。そうだな、うち程の腕になれば、膜だって修復できるんだぞ。」

「うるせぇっ!!!」

「あたっ!?」


 柚希がユリアナの額にかなり強めにデコピンをかますと、反動でのけぞりながらもあはははは! と高らかに笑いながら部屋を出て行った。と思えばドアの隙間からひょっこりと顔を出して。


「ま、その猫に関しちゃどうなろうとうちは知らないからね〜。じゃあ楽しんで~っ!」


 と残してどこかへ消えてしまった。自分の部屋に戻るのだろうが。

 ……あ、礼を言い忘れたな。

 柚希は少しだけ、悔いる。何しに来たのかよくわからなかったが、傷を治してくれたのは確かだ。

 どうしようか、いまから追いかけて礼だけでも言おうかと考えていると、ミヤがちょんちょんと柚希の肩を指でつつく。


「?」

「あみょさ、『ミャク』って何?」


 ……脈? ああ、膜か。こいつのマ行ナ行が聞き取りにくいの、なんとかならんのだろうか。

 と、そこまで考えて柚希ははっとする。

 ……膜てお前、そりゃお前。知らないのか? それとも察しが悪いだけか?


「お前、そういえばいくつだ?」

「十二だけど」

「…………」


 十二。

 ………じゅう、に。

 地球、日本で言えば小六か中一。

 大きく吸って、吐いてぇー。

 ……スゥーー………、……フゥーー……。


「クソガキじゃねえかっ!!!」

「みゃっ……!!」


 なるほど、通りで。

 しかし、「そういう気はない」とかなんとかも言っていた。つまりある程度知識はあると。

 これには苛立ちを隠せない。

 クソッ……マセガキがよぉ……十二のスタイルじゃねえっつうの。


「俺は……十二のマセガキにドギマギしてたってのか……。」

「ちょ、ちょっと! 何そみょ言い方! 女みょ子に向かって!!」


 嗚呼、五月蝿い。

 黙れ。

 柚希は、十二のロリに向かって「理性が持たねえ」なんて面と向かって言っていたのだ。我ながら正気を疑う。全くもって度し難い。

 後ろから聞こえるわめき声を無視して、柚希半裸のまま部屋を出る。ちょいと現実逃避に、城内の散歩と洒落込む事にした。

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