第27話 ひとたびの帰還

「だめ」


 翌日。

 柚希に抱きついてフジツボのように離れる気配がないのは勿論セナ。残念ながら今回は長居はしない。

 柚希はまた数日くらいここに世話になってもいい、というかなりたい! と思ったのだが、今回ばかりは我々の無事を早く知らせる為にも早く帰るべき、とは壮の言う通りだった。

 で、出発なのだが。


「コラ! セナ! いい加減にしなさい!」

「だめ」


 すっかり喋るようになったメーアに叱責されても離れる様子は無い。


「みゃははは! 困ったみゃあ色男!」


 ゲラゲラ笑いながらミヤはバシバシと柚希の背中を叩く。因みにミヤは魔王軍の捕虜だった者、そのことにはあまり触れないでやってくれ、と話した。細かい事を話しても面倒だからだ。

 王都でも、それで通すつもりだ。

 敵軍幹部の首を携えた者には王様も文句はいわないだろう。


「い、い、加、減、に、し、な、さ、い!!」


 しびれをきらしたのか、メーアはまるで猫でも扱うかのようにセナの首根っこを掴んで柚希から引き剥がす。一体どこからそんな馬鹿力がででくるのか。


「またもお世話になりました。突然押しかけたのに食事まで用意していただいて、ありがとうございました。」

「いえいえそんな! こちらこそ大したおもてなしが出来なくて申し訳ございません! こんな場所でよければ何時でもいらして下さい。」


 壮が引率の先生といった雰囲気で頭を下げ、他も合わせて頭を下げる。こんな暖かく歓迎してくれるのは有り難い事だ。

 柚希にとって、今のところこの世界で一番愛着が沸いているのはこのゴブリン村。異世界に渡って一番、がまさかゴブリンとは、思いもしなかった。




「はぁ……。」


 彼は只、憂鬱だった。

 初めて、絶望を見た。

 戦争、とは言っているもののそれは単なる一方的な虐殺。文字通り手も足も出ない。人だけでなく、食糧や物資も枯渇している。いがみ合っていた国、果ては種族と手を組んでさえ状況は変わらず、遂に残るはこの国のみとなった。

 寧ろ、今までがおかしかったのだ。その気になれば少数精鋭でこちらの軍隊を圧倒するような輩。それがうじゃうじゃと集まった魔王軍。そんな魑魅魍魎の近所でのうのうと暮らしていたのだから。

 全滅も時間の問題であった。

 その状況での、最後の希望。


───勇者。


 桁の違う力を振るう化け物共と渡り合う存在。俄には信じがたいが、前魔王が打ち倒されるまで奴らが不可侵の条約を守っていた事こそ、その存在を確信に変える、とまではいかないが信じる材料にはなった。

 そうして行った召還魔法。それは伝承とは異なり、多くの犠牲を伴った。数百の異世界人を死なせたのだ。全くの計算外だ。彼らから買った怒りは計り知れないだろう。冷や汗が止まらなかった。

 しかし、それで殺されるなら、もうそれで良いのではないか。そんな諦めもあった。

 だが彼らはトラブルさえあったものの、民の味方となってくれた。伝承の勇者は、単なる伝説では無かったのだ。

 彼、ヴァイザルには勇者がどれほどの強さかはわからなかった。暗闇に慣れすぎた彼の目には、その一筋の光がか細いものか、はたまた世界全体を照らし得るものか、目が眩んで判断できなかったのだ。


「陛下!」


 バン、とノックもなしに扉が開かれる。国王に対して何たる不敬! とでも言うべき行動か、しかし当の騎士も更に国王さえも、そのような事を考える暇は無かった。


「ユ、ユリアナ様がお戻りになられました! 『タルシュを奪還、全員無事』だそうです……!!」

「! すぐに行く!!」




 ゴブリン村でのことを反省、今回はドッキリはナシだ。こちらを見つけた騎士やら衛兵やらが攻撃してくるならまだしも、自害でもされてはいよいよ冗談にならない。

 だが馬も外見も見ての通り禍々しい。なので今回はその緊張感を打ち消す為に柚希が馬車の上でブレイクダンスをする事にした。


 ブレイクダンス。


 勿論元々出来た筈はない。この体になって手に入れた桁外れの身体能力と学習能力によって、昔見た動画のうろ覚え、独学であいた時間に少しだけ練習していたのだ。

 実を言うと、余裕が出来たらアクロバットに敵の攻撃を避けたりもしたかった。


「───っ! ……ふっ!!」


 音楽も無い中、馬車の上で一人ばたばたと踊っているのはなかなかにシュールだろう。

 やがて王都も近づき、向こうの門番的な役割をしている衛兵が馬車に気付く。首なし馬と明らかに怪しい馬車、そしてその上で気持ちの悪い動きをするナニカに。それが偉大な偉大な勇者様とは、簡単には思わないだろう。

 衛兵は柚希達勇者様一行の事を知っている、数少ない人間。そのお陰で馬車の正体に気付いたらしい事を、柚希は衛兵の表情から読み取る。本来はまだシルエット程度しか見えない距離だが、今の柚希は視力だって化け物だ。


「なぁ、これ俺が走ってった方がはええよな」

「あ、それ言っちゃうんすか?」


 ブレイクダンスを一旦中断、唯一声の届くギラに問いかけると、最初っから思ってたと言わんばかりの返答。事実、柚希もそうなのだが。


「でもまあ今のが面白いからいんじゃないすか?」

「うーん、だな。」


 柚希は考えるのをやめて、ブレイクダンスを続行した。



 さて、そこからは順調。いざ到着して衛兵に声をかければその衛兵は安心で腰をぬかし、出てきた姫を見て慌てて頑張って立ち上がり、ヴァイザルへ報告に走った。

 その後すぐヴァイザル自ら出迎えに来、大して久しくはない王宮へ上げられ。


「皆様の生還、心より嬉しく思います! そして何より、何より、ありがとうございます! 感謝の言葉が見つかりません……!!」


 ヴァイザルだけではない。メイドから騎士から、その場の皆が床と額を盛大に接吻させた。

 王城関係者総出の土下座。歓喜に声を上げて号泣する者もいる。身震いする程狂っている光景だ。

 ギラとルタが特に慌て、王に顔を上げるよう頼み込むが、まあ聞かない。

 絶望の淵から、柚希達が引っ張り出しだのだから。


「そうそうヴァイザル」

「はいっ」


 柚希が声をかけると彼は全く動じないまま運動部の後輩よろしくハキハキとしと返事を寄越す。さすがに鬱陶しいのだが、言ってもやめないだろう。


「前線部隊討伐、タルシュ奪還。公表しようぜ。皆の士気もそれなりにあがるだろ」

「よろしいのですか?」


 前線部隊を潰しだのだ、どうせ向こうにはバレる。ならばこちらでも公表して少しでも民の士気を上げよう、という話を説明するとヴァイザルは微動だにしなかった首をびゅん、と音がなりそうな程早く此方へ向け。


「わかりました! では、パレードを行いましょう!」

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