第41話 いけ好かない援護


 矢継ぎ早に放たれる突きの連撃を、ギラは辛うじて回避する。

 目を狙った突きを剣の腹で止め、肩を狙った突きは剣で軌道をずらしていなし、腹を狙った突きを体ごと横に避けて躱す。そしてヴァンパイアの横身に斬りかかるが、先を読まれたようにひらりと躱され、仕返しにカウンターで脇腹の肉を僅かに持っていかれる。

 その、たった一撃だって対応できていなければ、それだけで致命傷だ。


「努力はしているようだが、才能はないな」

「うーるせ」


 もともと剣の才を持ち合わせていない事などわかっている。しかし剣は、自分の本職を補う為のいわば副職、保険だ。自分の本分は、理解っている。

 しかし、その切り札を使う隙がない。このちょっとした会話パートまで休憩なしの打ち合い。

 否、『合い』ではない。一方的な攻めと、それを紙一重で避けているだけ。実際、避けきれなかった跡がギラの身体に刻まれている。

 切り札の魔法、相手がそれを知らないうちに不意の、そして止めの一撃として気取られないよう温存していたかったが、既に使わされてしまった。このままでは出し惜しみで死にかねない。


「……しかし、面倒だな」


 ヴァンパイアは軽く背後を振り返る。ギラを追うあまり、守るべき魔法陣からは大分離れ、しかも建物が入り組んでいる為に振り返っても視界には入らない状況。


「人間にも強者はいると聞いたことはあった。が、この程度のが生き残っていたのは驚いた。……そろそろ他のと同じ場所に行ってもらおう」


 そう言ってレイピアを体の前に構えると、その刀身が風を纏う。細い刀身を回る、お手軽サイズの竜巻。


「マジっすかぁ」


 どうやら、魔法を使うのは自分の専売特許ではなかったらしい。しかし、相手に駆け引きをするつもりがなく、『そろそろ幕引き』発言が本心なのだとしたら、この程度の魔法しか使えないという事。相手の隠し玉と言う程に衝撃は受けない。

 ギラは剣をまっすぐ構え、挑発する。


「ちょっと暑かったから、扇いでくれよ」

「ふん、少し強風がすぎるぞ。そんな玩具で対抗できるとでも?」

「一応アンタの仲間から取った奴なんだけどなぁ……」


 ギラは自らの持つ剣にも魔法を纏わせる準備をする。最小限、気取られないように、刀身を覆う薄皮のように。

 集中。

 此方へ走るヴァンパイアと、自分の剣だけに集中する。この"玩具"を、"武器"へと昇華させることだけに、集中。

 やがてその竜巻と剣先が重なる、その刹那──


「なっ──」


 ギラの剣が、薄く炎に纏われる。風によって大量の助燃剤を投下された炎は勢いよく燃え上がり、同時にギラも魔法で炎をより強く、大きく育て上げる。


「貴様……!」

「あっっつーーああああ!!」


 最初に使用した氷の魔法。それは簡単に崩れ落ち、粉となって散った。それはギラの魔法の能力を偽装するブラフ。その程度の技量しかないと思わせる、苦し紛れの誤魔化し。相手はそれを簡単に信じてくれた。

 自分の手が焼ける痛みを大声で誤魔化し、炎剣を押し込む。ヴァンパイアは魔法を解いてそれをレイピアで押さえるが、伸びた炎が顔を焼き焦がす。


「ッ、ゥ……アァァァ!」


 形勢逆転したようにも見えるが、実のところそんな事はなかった。受けているダメージはヴァンパイアの方が大きいが、同時に回復する速度も彼の方が早い。

 決定的な差は、無い。

 蹴りを入れようと片足を上げようものなら押し負けてしまう。お互い、気力が途切れた方が負ける。精神力での鍔迫り合い。

 そんな、皮膚を焦がし、額に汗を浮かべて競り合う二人の間に。


「は」


 突如として、一人の男が蹲るような体制で割り込んだ。

 高速で走ってきたのではない。透明化して割り込み、その後可視化したわけでもない。突然、そこに割り込んだのだ。そこにあった空気を押し退けて、無理矢理にその座標へと飛んできた。

 フードを目深に被った男。長袖を肘の手前まで捲ったその手には、30センチ程の短剣が握られていた。


「クソ──」


 男はギラの腹部に短剣を突き刺す。突然の奇襲への動揺、それを理解したが体が追いつかず、異物が入る違和感。そして激しい痛みと、諦め。

 『終わったな』と。

 フードの男は更にその短剣を捩じ込む様にギラを蹴り飛ばす。剣を手放し、後方へ大きく吹き飛んだ先には雑な造形の槌を持った灰肌の巨人。その巨人は、ギラを球として野球でもやるように大きく振りかぶり──


「ざーこ」


 そんな血塗れの野球ボールを、何処からともなく跳んできた少女が嘲りながら掻っ攫う。


「ぶぅわぁぁぁかぁ!! わははは!」


 今度は走りながら振り返り、巨人を全力で煽る。果てしなく低レベルな煽り。それが巨人の逆鱗に触れたのか巨大な槌が背後から迫ったが、少女は跳躍で回避、建物に突き刺さったそれを踏み台に屋根に登り、屋根を跳んで走り去る。


「見て、たのか……っ」


 突き刺さったナイフの隙間から血が漏れ出さないよう、精一杯押さえる。


「んーみゃ。来たばっか。そしたらみゃーんか雑魚がボコられてたから。……ってか、みゃーには随分偉そうみゃ口調じゃみゃい。」

「別に、お前に謙る、必要、なっ……いだろ。」

「はぁー? 命の恩人み向かって大した物言いですみゃぁ?」

「まだ、助かるか、わからねぇけど、な。ありがとう。」

「……! ……………ケッ!」


 素直に礼を言われたのがこっ恥ずかしく、ミヤは唾を飛ばして目を逸らす。そしてギラを抱えるのと反対の手でこめかみを小突いて。


「うるせぇばーか」

「いっったぁ………今の……マジでいってぇ……」

「………ごみぇん」




 呼吸が荒くなる。身体が酸素を求めるから、だけではない。

 緊張、焦り、混乱。死ぬかもしれない。どうしよう。どうするべきか。

 ここにきて、この体になって以降最大の、混乱。


「あらぁん……すごぉーく、心がぐちゃぐちゃね。どうしたの?」

「……思ったより粘る。」


 体中、裂傷が無数にある。痛みや深さは大した事ないが、この状況に陥っている事に、焦る。こんなにも追い詰められたのは、そもそも傷を負ったのは、初めてだ。

 背後から、三つの斬撃が迫りくる。

 気配。剣が風を切る音。生物の匂い。それらは感じるが、いくら目を凝らしても姿が見えない。

 1つ目の攻撃を棍で抑え、立てた棍を柱にポールダンスのようにして、恐らく敵がいるであろう座標に蹴りを入れる事で同時に二擊目三擊目を避ける。しかしその足は空を蹴り、三つの気配は再び離れていく。

 目に見える二人はそこに棒立ちしたままなのに、こうして見えない攻撃があとを絶たない。

 目以外の五感と感覚で何とか凌ぎ、その取りこぼしが、この傷だ。


「あらぁ、もう疲れちゃった? 楽に殺してあげるわよ」

「いいや」


 舐めていた。驕っていた。ここまで苦労なしの連勝だったから、自分一人でなんとかできるだろうと高をくくっていた。

 柚希は自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。


「こっからだ。そのどエロい服剥いでやるから覚悟しろよ」

 

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