第35話 短い旅路
「じゃ、やるよ。凍らすしかできみゃいけど。」
「どうぞ。」
「ほっ!」
川の水に手首までを浸したミヤが軽く息を吐くと、その手元から川の水がみるみる凍っていく。その速度はおおよそ時速30キロメートル程。あっという間に見える範囲の川が氷漬けになる。見える範囲といっても(普通の人間で)という注意書きが必要だが。
「えっ……コイツマジ?」
「ミヤおめーすげぇじゃん! ……ってか、なおせんの?」
「大丈夫大丈夫。手離せば、離せば……ぐ、こみょ……っ……凍っちゃって取れみゃい」
「あほか」
水を媒体としていても魔法で凍らせたものだ。術者の能力が
高ければ高い程それは強固なものとなる。
柚希がミヤの手周辺の氷を叩き割ってその手を川から離すと、その言葉の通り川の凍った時と同じように水が融解していく。
「てか、魔法を解けば……"解けば"であってんのか? もしくは『氷』を『水』に変換するとか? まぁ、そうすりゃよかったんじゃないの?」
「あ、そか。久しぶりだから忘れてた」
「あほかぁ」
ミヤの頭にがっかりしていると、壮が「ちょっと」と手招きして柚希を、と言うよりミヤ以外を招集する。
「魔法とは能力によって展開できる距離が延びる、でしたよね。あれだけの広範囲は……どうなのですか?」
「や、ヤバイ、です。私でもちょっぴり疲れるかも……。」
優奈は焦り気味に言うが、「出来ない」や「厳しい」ではないところがミソだ。
「あー、ユナちゃんはギラから聞いたかもだけど、魔法を使える奴でも個々人で得意不得意があるんだよ。ウチの治癒魔法だって、大きく見ればそんな感じ。」
「じゃあアイツは極端に氷が得意ってこと?」
「たぶん。他にもあんな芸当が出来たら正直、危ないよ。あいつ。」
突如発足した会議を閉じ、柚希は首を傾げるミヤ向き直る。
「ミヤ、何か他にも出来んの?」
「んーん。これだけ。」
「そか。」
「んう、今がっかりしたみゃ?」
「してねぇしてねぇ十分すごいよ」
柚希は一先ず安心すると同時に、ミヤへの警戒の度合いを繰り上げる。
そんな柚希とは裏腹に、ミヤはあっけらかんと。
「そんみゃ事よりみゃーみょ歩き疲れたー。おんぶー」
厚かましい事にミヤは壮に負ぶさっているが、結果として足が勇者三人になった事で登山スピードは格段に上がった。
三人は滅多に疲れを知る事がない。ないが、面倒なものは面倒だ。
「優奈ちゃーん、転移魔法陣なしで出来ないのぉ?」
「理論上は出来るんですけど、厳しいです」
「ん? 理論上は?」
転移魔法で陣を描くのは、計算式というよりもマーキングとしての意図が大きい。二つの陣というマーキングを繋ぐように細く力を伸ばし、繫ぐ。これでも莫大な力が必要だ。
そこで、魔法陣を描かなかった場合。陣なしでも発動は出来るが、その場合目印無しで、手探りで先まで力を伸ばすことになる。
「そこで、です。そもそも魔法は、展開する座標が自分から遠い程、体力を使う。」
「なるほどなぁ。消耗が激しすぎるのか。」
「一定以上の距離になると、消耗以前に不可能……です。目を開かずに歩いてるような感じ、なので。」
申し訳なさそうに言う優奈を、慌ててフォローする。そもそも無理難題。出来なくて当然のことなのだ。『理論上は可能』という言葉は、得てして実現不可能な事が多い。
そんなわけで夢の楽ちんテレポートは諦め、三人の足で山中を駆け上り。
一行は100キロ弱の山道を、3日足らずで踏破した。
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