第34話 希望を持って



「休む間もなく出発かぁ〜」

「しゃーねぇだろぉ? ウチらが動くしかねぇんだよ」

「どうせ休んでたってやる事みゃいじゃん」


 翌朝。早速出発する事となった。目的地は王国の北東の山頂、妖精の国。登山用のような巨大なリュックを柚希と壮が背負っているが、中身は登山道具ではなく着替えや献上品が殆どだ。


「案外近いんよな、妖精さんたち。」

「でも、森だから馬車使えないみたいだし……。」

「そそ。それに心の距離はもーっと遠いよ〜。」


 ポジティブに、明るく前を見て進もうとする柚希だったが、女性二人がその目を塞ぐ。


「そんなに? 下に見られてるの?」

「人間がみゃーとかの事差別してたでしょ。妖精にとっての人間はそれと一緒。」

「なるほど。」


 世間知らずの転移組にはいまいちしっくりこない説明だったが、取り敢えず先が明るくはない事がわかった為相槌をうつ。

 メンバーは五人。転移組三人と、ユリアナにミヤだ。ルタとギラは普通の人間、疲労が激しい為暫しの休息。

 ユリアナだけメンバーに加わっているが、それは貴重な回復役だから、だけではない。今回は王の代理、つまり人類亜人類連合の代表だ。最初は王自ら立候補したが、足手まといだと主に柚希に突っぱねられた。

 交渉が決裂すれば、穏便に済まないかもしれないのだから。

 というわけで出発なのだが、現在王城の地下緊急時通路を通っている。またも秘密裏の出発。というのも、人類に力を貸さず、あくまで無関係の立ち位置を選んだ妖精をよく思っていない人間もいるらしい。同盟を結ぶなら勝手に結んでから発表だ。


「この道を使うのは私も初めてです。」

「あっそ」


 心なしかウキウキしながら言うヴァイザルに柚希は若干機嫌を損ねる。その道はかなり長く、遂に外に出れば北側の森の中まで入っていた。


「では、よろしくお願い致します。……ユリアナ、が、頑張れよ。」

「はいはい」


 ユリアナは父親のエールに相変わらず素っ気なく返すと、ズカズカと先頭を行く。


「ユリアナ、いいの? パッパ寂しそうな顔してるよ?」

「あんなん言われなくてもわかってんの。うっざい。」

「思春期かよ」

「アァ!?」

「どうどう」


 寂しげな王に見送られ、まさにRPGの勇者様よろしく一行は徒歩で向かう。

 まだ見ぬ存在、『妖精』という心躍るフレーズに向かって。




「ん〜〜! 美味しぃ〜!」


 よくわからない魚の塩? 焼きを頬張り、ユリアナは満点の笑顔を零す。

 数時間移動して、お昼時。昼食は川辺で魚を焼いてのピクニック。あろうことか刀と糸で釣り竿を作って魚を次々に釣り上げたのは壮。刀職人が見れば泣く光景だろう。それに塩辛い調味料を振り、優奈が魔法で焼く。それを柚希とユリアナが美味しく頂く。

 しかし、その輪から一人外れている者がいた。

 彼女は川の中に立ち、目を細めて静止する。その存在感は異様な物だが、本人的には景色と一体になっているつもりらしい。

 そして──


「──そこだっ!」


 かつて柚希の胴を大きく抉った爪は獲物を捕らえることなく、というかかすりもせず、只水のみを切る。


「みゃぁぁぁぁぁ!!!」


 苛ついた彼女はその爪でわちゃわちゃと周囲の水を巻き上げ、やっとの事で近づいてきた獲物を無事追い払う事に成功する。


「ミヤぁ、もういいからさ、そんな気にすんなって」

「べっつみ気みみゃんかしてみぇえし!勘違いすんみゃし!」

「柚君、謝ってあげて下さい。」

「えー……何で?」


 最初。ミヤが冗談半分に素手で魚を捕らえようとして失敗、それを誰かが「その見てくれで出来ないのか」と鼻で笑ってしまい、それからこれだ。


「しゃあねぇなぁー……。」


 柚希は焼き上がった魚をの刺さった串を一本持つと重い腰を上げ、靴、そして靴下と下を脱ぐ。勿論下着までは脱がない。


「ちょっ、なにしてんのユズキ?」

「あー、下脱いでから魚持ったほうが効率良かったね」

「そうじゃなくて」


 ユリアナは案外動じず、優奈は手で顔を覆うようでしかし隙間から様子を見ている。

 そんな外野を他所に、柚希は川沿いまで軽く助走をつけ。


「おら食えぇえぇ!!」

「ふごっ!?」


 10メートル弱跳躍。目標であるミヤの口腔に見事ブツを届ける。

 険しかったミヤの表情は熱したバターのように蕩け、突っ込まれた魚一匹を丸ごと秒で平らげ。


「みゃーも食うーっ!」


 陥落した。

 ミヤは未練など欠片も見せずに川から上がり、焼き立ての魚を頬張る。

 向かいでうまそうに食うミヤに、ユリアナは軽く舌打ちして。


「コイツの面みながらだと飯が不味いんですけど。」

「じゃあ勿体ねえからこれ没収な」

「わぁんごめんなさい!」




「ねぇーユーズーキーつーかーれーたーおんぶしてー」

「はぁ? なんでだよ」

「だってユズキは疲れないんでしょーいいじゃーん」


 事実、時折現れるデカイ獣を追い払いながら道なき道を進んでも、柚希はこの道中殆ど疲れていない。柚希は「しゃーねぇなぁ」と言いながらその場にしゃがみ込む。


「やた!」


 ユリアナを背に乗せた柚希は、小さくため息をつく。


「……はぁ」


 柚希としては大した意味のないため息だったが、ユリアナには何か意味があると感じられたらしい。彼女は反射的に手近な髪の毛を数本抜く。


「おい! なにすんだ! 髪の毛無くなったらどうすんだよ!!」

「うるせぇ! お前今何か思ったろ! 謝れ!」


 ユリアナは足をホールドして柚希にへばり付き、絶えず髪の毛を抜き続ける。


「わかったしらんけどごめんごめんなさい! 凄くいい匂いがして嬉しいです!」

「ケッ」


 満足したのか、ユリアナは千本抜き手の手を止めて唾を吐き捨てる。それで満足するのか。


「随分呑気みゃみょみぇ」

「ん?」


 そんな二人を見て、ミヤが眉を顰める。


「あみょ二人は残ってるけど、今国へ敵が来たらどうするみょ」

「あーそれなら大丈夫」


 柚希は懐から魔法陣の描かれた紙を一枚取り出す。


「何かあったらこれでギラが飛んでくる」

「ほへぇー」


 また、こちら側で何かがあった時の為に、優奈も二時間半かけて転移魔法を会得した。術の発動時に術師側では陣を描かねばならないが、反対側はこのように予め用意したもので構わない。但し、使い捨てだ。

 するとミヤは安心したように。


「みゃーんだ。アイツ転移魔法とか使えたんだ。みゃーより上手かよ、みゅかつく。」

「はは、みゃーより上手ってお前、………魔法使えんの?」

「ん、そいえば言ってみゃかったみぇ。使えるよ。」


 え。


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