第33話 可能性
「うおー! 勇者様ー!!」
「こっち向いてぇー!」
馬車に乗り、優雅に街中を凱旋する英雄達に、人々は称賛を惜しまない。
「キャー! ユズキ様ァ!!」
「今! 今絶対私に手振った! 本当に! 絶対!」
まさに、熱く狂うと書いて熱狂だが、当の勇者様方は対照的だった。
「し、しんどい……」
「柚君、これも仕事です」
「ミ」
柚希は笑みを顔に貼り付けたまま本音を漏らす。
優奈に関しては言語中枢をやられたのか、粘土で成形してくっつけたような笑顔でなんとか難を凌いでいる。優奈がこうなるのは想像通りだったが、しかしギラの様子が意外だった。
「ギラ様ーっ! こっち向いてぇえぇえぇ!!」
まず、ギラには一定数の固定ファンがいた。それも世紀の勇者様ブームが来たこの今でさえ、ギラを優先するほどの。
しかも、ギラはそのファン達に対し、普段のナイフのように鋭い目つきを最大限なまくらにし、微笑を送っていたのだ。
「ギラ……お前、結構器用だったんだな……」
「ユズキさんこそぎこちなさすぎっすよ〜。このくらい出来ないとぉ〜」
珍しく下手にでて褒められた事に調子付いたのか、ギラは先の爽やかな微笑を残念な嘲笑に切り替える。
「お前、あんまり俺をおちょくると首飛ばすぞ」
「えこっわ!」
女性ファンは若い二人だけではない。壮も例外ではないのだ。
他とは一線を画した雰囲気、積んだ歳の分の大人の余裕。枯れ専は秒でノックダウンされるようだ。
そして唯一、女性ファンがついていないのが──
「わしだけか。寂しーいのう」
「ルタは爺さんだししゃーないべ。ってかこれそんな羨ましい?」
「別に。そんな年頃でもない。言ってみただけじゃ」
一方、ユリアナは元より、やはり優奈にも男性ファンが出来たようだ。「ユナさまぁー!」と叫ぶ者から、静かに合掌するものまで様々。
しかし、英雄の凱旋とはこういう物なのだろうか? これではまるで。
「アイドルじゃねぇか」
「おー、終わったかー」
「ミぃヤぁ〜〜」
大衆にキャーキャー言われながらのパレードという非日常極まれりな状況に疲れを通り越して悟りを開いていた柚希。部屋で待っていたミヤを見るなり、ついつい甘えて抱きつく。
「わっ、何だ、や、やーみぇーろー」
「あーごめん、何かもう、何かこう、もうわけわかんなくなってたわ」
「何言ってるか訳わかんみゃいけど」
柚希は再び平謝りしながらベッドに転がる。この体でもここまで疲れるとは、普通の人間であれをやってのける者は一体何者なのか。アイドルってすごい。
「おつかれだみぇ」
「俺ァ勇者様じゃねぇけどよぉ、それ以上にアイドルではねぇよぉ」
「アイドル?」
民の士気を上げることだって目的としていたが、こんなことになるとは。
ベッドに突っ伏してシーツを吸引する事で精神的な疲れを癒やしていると、その背を猫に揺さぶられる。
「みゃぁ〜ユズキィ〜ひ〜みゃ〜何かあそぼ〜〜」
「んー……何かって何だよン………」
「何か、みゃいの? 二人で遊べる何か。」
ミヤは軽く爪を立てて柚希の背中を程よく掻き毟りながら文句を垂れるが、如何せん遊び道具が何も無い。
「したら指スマくらいしかやることねぇだろぉー」
「指スミャ? みゃんそれ」
「知らんのか」
無限にも思えたループ。何を言っても、抗えない。抜け出すことは、許されない。これが、運命なのか。ここで、尽きる事が。
そんな柚希の諦めの殻を叩き割るように、ドアがノックされた。
柚希はそれに、縋り付く。
「ゆずくーん、あの、そろそろ集合の時間だけど……」
「優奈ちゃんっ! 助けて!!」
「いてっ」
ノックした瞬間に開かれた扉に優奈は額をぶつける。
「あっユズキ! 勝ち逃げはズルい!!」
「勝ち逃げじゃねぇよ! おめが弱すぎんの!」
「みゃだ328回しかやってないし……」
「"しか"じゃねぇし! 328"連敗"が!」
「みゃー! うるさい!」
柚希は部屋を飛び出し、指スマのループから猛ダッシュで逃避した。
「皆様、改めまして、本当に──」
「いやそのくだりもうから」
集まる度に始まるヴァイザルの感謝の義を柚希が遮る。ここには聞き慣れたお礼を聞きに来たのではない。
「では、こちらをご覧ください」
ヴァイザルは、テーブルに大きな紙を広げる。端はボロボロに千切れ、所々点在する都市の殆どがバツで消されている。
地図だ。
「ここが、我が国です。」
「言わなくてもわかるわ」と言いかけて、飲み込んだ。ヴァイザルが指差す国、現在地以外全ての国や都市名が、バツで消されていた。タルシュもそのひとつだ。
この国、アルティム王国は地図の下四分の一、中心よりも少し左寄りに位置する。そこから北と北東には木々の生い茂る山。アルティムの東側には湖、南は平原。周辺はそんな様子だ。
柚希は北の森の西側、タルシュの近くに万年筆のようなペンで印をつける。
「ユズキ様、これは……? 確かここは」
「喧嘩売ったりしたら俺がキレる場所。仲良くしてね」
「なるほど。わかりました。」
「本丸は、こちらでよろしいですか?」
壮が指差すと、ヴァイザルは気分悪そうに頷く。
地図の左上、ここからアルティム王国・タルシュ間の十倍程の距離。境界線が引かれた先に、バツ印のついていない都市名があった。
『ガリア』と。
「つってもこの境界線なんて超えてきちゃってるんだよね。他の敵の潜伏場所とかは?」
「わかりません。」
「こっちの戦力は、如何ほど?」
「戦える者は4万程度です。全て出し切って、後のことは考えないとして、ですが。」
「えと、相手の数とかって……」
「わかりません。」
柚希は一拍おいて、大きく深呼吸する。
吸ってー、はい、吐いてー。
体から酸素が抜け、同時にある程度の雑念が消える。しかし、ある程度の雑念が消えたところで、結論は同じだった。
「絶望的だね」
「はい……。」
改めて振り返って呆れる。こちらの渾身の勢力を使ってようやく倒したのが十程度の敵。それがもし数万もいれば、こちらにはどうしようもない。
「よくもまぁ、諦めないもんだ……」
「それに乗っかったユズキさんも大概っすよ」
「ちげぇねえ」
ひとしきりゲラゲラ笑ったあとにため息をつくギラと柚希を無視して、壮が問う。
「何処か他に、手を組める勢力はないのですか。」
現地組は暫し言葉に詰まる。しかし、ルタが絞り出すように可能性を提示した。
「妖精」
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