第30話 淫猥な来訪者


 骨で作られた、実に悪趣味で座り心地の悪そうな玉座。その骨とは人骨だろうか、人類に対する見せしめのようにも思えた。

 そしてそれに腰掛けるは一人の女。

 腰まで伸びた長い銀髪、挑発的に歪むつり目と横に大きな口。

 そして纏う布はレース付きのランジェリーのみ。おおよそ外を出歩く格好ではない。単純に外気に面する肌の割合で言えばミヤの方が上だが、これはもっと別のベクトルで危うい格好だ。

 惜しげ無く披露されたその体は平たく言えば非常にスタイルが良い。胸や尻だけで無く、太ももやウエストにも程よく肉が乗っている。要するに男受けする容姿だ。

 見た目のみで偏見にまみれたレッテルを貼るならば『淫魔の女王』、これに尽きる。


 彼女は周囲を見渡し、最後に柚希達を見上げてふぅと不満そうにため息をつく。

 すると次の瞬間、地響きを伴って彼女の足元が盛り上がり、そのまま玉座諸共押し上げられるように上へ上がってきた。よそ様の都市の石畳をぶち壊す迷惑なエレベーターだ。

 地面から盛り出てきた土の柱は彼女を柚希達のいる演説台よりも上の高さまで押し上げると同時に停止する。

 そんなにも人類に見下ろされるのが気にくわなかったか、その女はフンと満足げに鼻で笑うと静まりかえった広場に声を響かせた。


「初めまして、勇者さん。私は魔王様の忠実なる僕。ベルメット=ムール=ラ=リオンネルタ。以後お見知りおきを。」

「ベルメット……えーと?」

「気軽にベルちゃんって呼んでね!」


 女、ベルメットは顔の前で手を合わせ、似合いもしない無邪気な笑顔を見せると同時。柚希達の周囲に濃厚な魔気が漂う。

 魔気、すなわち魔法の気配。本来なら素早く回避行動に出るべきなのだが、ギラが声を張り上げた。


「動くな!」


 その普段と違う口調がより一層緊迫感を感じさせる。

 次の瞬間、演説台は炎に包まれた。

 言葉を忘れたようにただ口を開いてそれを見ていた民衆から、絞り出したような動揺の声が漏れる。

 ──が、当の柚希達は誰一人傷を負ってはいなかった。

 優奈が最低限自分らの周囲の魔法を掻き消したのだ。そして周囲を覆うガラスのような球状の薄い膜。ギラの発動した氷の膜により、熱を遮断する。それは紙のように薄い筈なのに、しかし炎による一切の熱を遮断して除けた。


「あら、やるわね!」


 ベルメットはどこか嬉しそうに目を見開き、パン、と手を叩く。すると今度は彼女の周りに、瞬時にして大量の岩が出現する。彼女の周り、それすなわち民衆の頭上。

 彼らめがけて大量の岩が隕石のごとく降り注ぐ──と、思いきや今度は岩石諸共ベルメットの周囲一帯が氷漬けになる。

 優奈が全てを氷漬けにして制御を奪ったのだ。

 優奈は普段の人見知りっぷりをすっかり忘れさせるような鋭い眼光で空を睨み付ける。

 空中に固定されていた大量の岩石は、氷ごと粉々に砕け散った。

 粉々とは、文字通りの粉。空中に残ったのはキラキラと輝くダイヤモンドダストのような氷の残滓のみ。


 そして同時に、演説台の手すりが破裂した様に砕け散る。

 氷が砕けた事を合図とするように、柚希が足を掛けていた手すりを思い切り踏み切ってベルメットへと殴りかかったのだ。

 生憎、武器は持っていない。拳を思い切り握りしめ、それをベルメットの顔面めがけ──


 それは、気持ちよいほど、ツラのど真ん中クリーンヒットした。


 柚希は拍子抜けし、勢いのまま演説台から広場を挟んで向かいにある建物の屋根を無事突き破る。

 おかしい。顔のど真ん中、鼻におもきしぶち込んでやったのに、まるで手応えがなかった。

 それはもう、土塊を殴っただけのように。

 柚希はすぐさま瓦礫から顔を出して振り返ると、やはりベルメットは依然として健在だった。しかしその姿は先までの悪趣味な人骨椅子には無く、その上でふわふわと浮遊している。

 間髪入れずに壮が柚希の壊した手すりの欠片を投擲するが、それにもろに当たったはずのベルメットはやはり、ただの土の塊のように崩れるのみ。

 ええ、なにあれぇ……。どうしろっつーの……。


「アハハハハハ! やるじゃない、勇者さん! トカゲさんを殺しただけはあるわね!」


 いつの間にか元の玉座に居直っていたベルメットは一同を嘲うかのように高笑いをする。そして「でもね、」と続け。


「今日はちょーっと気まぐれに様子を見に来ただけなの。また今度遊んであげるからぁ、それまではガ・マ・ン。じゃぁねぇ~」


 柚希達の攻撃を軽くあしらったベルメットは、お前等など遊び相手にしかならない、とでも嘲るように言い残し、登場シーンの逆再生を早回しするように物凄い勢いで土の柱ごと魔方陣の中へと消えていった。

 ベルメットが姿を消すとすぐにその魔方陣は蒸発するように消滅し、そこに残ったのは最初に叫びながら魔方陣を描いた男の死体のみ。

 その死体さえ無ければ集団幻覚さえ疑うような、あっという間の出来事だった。


「ちょっと、何いまの……。」

「随分と簡単に侵入を許していますね。」


 柚希はすぐさま元の演説台へと跳躍で戻り、ユリアナを、ヴァイザルを庇うように前に出ていた壮とルタも一先ず警戒態勢を解除する。

 少し経つと、次第に状況を把握しだした者達がざわめき出す。

 が、それを抑えるようにヴァイザルが手を上げて皆を制止した。


「皆、落ち着くのだ。突然の敵の来襲、驚いたであろう。勿論私もだ。だが同時に目にしたはずだ! 彼ら勇者一行は不意の攻撃にも即座に対応し、皆を守った! どうか、彼らを信頼して欲しい。彼らこそ、我らの最後の希望であると!!」


 動揺、そして疑心の沈黙と多少のどよめきに包まれていた広場が、王の言葉によってだんだんと騒がしくなる。それは、プラスの方向で。

 民の不安や不信の声は少しずつ期待と希望の歓声へと変わっていき。

 やがて広場は、柚希達への祝福と喝采に包まれていた。


 結局は皆王と同じ。絶望に溺れる中、ようやく見つけた藁になんとしても縋りたかったのだ。

 それが藁なのか、はたまた良くできた舟なのかは、やはり民にも判断は出来なかった。

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