第31話 今くらいは
「もー……なんでそんな地味なのばっか選ぶんですか!」
「いやこのくらいがいいんだって……」
あの後、演説は早々に終了。そもそもから短い予定だったが、トラブルがあった為より早く締めくくられる事となった。
柚希は動き回る為の服でもないのに派手に暴れてしまった為にこれまた派手に破れてしまった服の代わりを見繕っていた。
そのお供をするのは執事のシベータ。アバター作成で限界まで角度をつけたようなたれ目にキノコ頭。三十を超えているらしいが見た目は精々中学一年生くらいの童顔。身長も150を切るようなショタっ子だ。
「いやだいやだ! こんなエリマキトカゲ嫌だ!!」
「いいじゃないですか! ゴウジェスじゃないですか!」
パレードではまた違う服を着るのだが、これがまたド派手な物を着せられそうになる。柚希はそれを阻止することに全力を注いでいた。
シベータが満面の笑みで掲げるはこれぞ貴族と言わんばかりのエリマキトカゲの様な襟巻のついた服。襟がトカゲの様なのかトカゲの首回りが襟の様なのか、いまいち柚希にもわかっていないが、兎に角それだけは着たくなかった。
大勢の前でパレードなんてただでさえ慣れない経験なのに、その上恥ずかしい格好なんてまっぴらゴメンだ。
「なんでですかあ! カッコいいのに!」
どうやらこの世界の、少なくともシベータからしたら決してダサくないらしい。柚希もこのショタ顔で必死にお願いされるのをあしらうのは少しばかり悪い気がしていたが、しかし二時間もこの攻防を繰り返せばそれにも慣れてしまった。
「やだよ! もう今日は終わり!」
「まあ、ユズキ様が嫌ならわかりましたよぉ……」
柚希がシベータと話すのはこれが初めてだが、彼の柚希達への信頼度は既にメーターを振り切っていた。
彼だけではない。国民の声を直接聞いてはいないが、少なくとも王城の関係者は皆そうだった。
敵幹部の首を討ち取ったという実績と、演説でのパフォーマンスがそうさせたのだ。
街の内部にまで敵が侵入している。
普通の思考ならば、これは一大事だと考えるだろう。
しかし人々にとっては、隣町まで来ていた敵が実はすぐ隣にも来ていたというだけ。それよりもその敵軍を討ち破り、更には目の前でその力を見せた希望にしか意識が向かなかった。
「あ! おーいユズキー!」
シベータから逃れた柚希に駆け寄るのはいつぞやのコケメイド。ここに帰ってきてからはまだまともに話していなかった。
「おう、久しいな、アネット」
「え、と……どうかしたの?」
どこか達観したような、というよりただ疲れ果てた柚希の様子に首を傾げる。
「わ、私の部屋でお茶でも、って誘おうと思ったんだけど……」
「ん、丁度いいや。ちょっと癒しが欲しかったんだよ。御呼ばれします。」
「ん!」
柚希の言葉にアネットは嬉しそうに頷く。
「えっ、ひっろ……」
アネットに案内されて入った部屋の広さに、柚希は思わず声を漏らす。
アネットは一使用人。の、筈なのにその部屋は柚希に充てられた部屋と同じ間取りの部屋だった。
「あの部屋は修理がまだ終わってないから違う部屋になったんだけど、陛下が気を遣って下さってこんな部屋に……」
アネットはえへへと小さくほほ笑む。あれをあまり引きずっている様子がない事に、ひとまず安堵する。
アネットに促されて座っていると、奥から棚ごと崩れるような音が響く。
「大丈夫ー?」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
湯が沸くとアネットはトレーにカップとポットだけを乗せて登場する。そこから僅かに香りが漂う。
「これ、ずっととっておいたとっておきなんだぁ。あ、でもお供のお菓子がないや……ごめんね。」
食糧難。
本来ならば菓子どころか紅茶だって貴重な筈だ。そのとっておきをわざわざ出してくれる、というだけでも想いは十分に伝わる。
「いやいや、それ引っ張り出してくれるだけでうれしいよ。……そだ、ちょっと待ってて」
そう言うと柚希は返事も待たずに部屋を飛び出す。
そして一分ほど経つと。
「これこれ、ゴブリンから貰った焼き菓子。くおうぜぇ」
「へえ。ゴブリンの、ですか。わぁ、美味しそう。」
湯を入れてから三分程。
アネットが紅茶をカップに注ぐと、先まで微かに漂っていた香りは湯気を纏って部屋中に拡がる。
ジンジャーのようなその香りは、疲れる事のないはずの体に生じた精神的な疲労を溶かすように癒してくれる。
「はぁ~……落ち着く」
「……」
洋風の部屋で紅茶を嗜む。
日本でやっていたらなんだかムカつく、そして落ち着かない光景だが、なんだか妙に落ち着いた。
紅茶の熱が全身に染み渡る。
柚希はその『とっておき』を愉しむが、しかしアネットは一口も口にせず、只黙りこむ。
「? どかした?」
「ああ、えっと……」
アネットは何を言おうか、と言葉を選ぶように目を泳がせ。
「あの、私……」
「別に遠慮せんでいいよ。」
そんなアネットの心中を察したように柚希がフォローすると、アネットは観念して小さくため息をつく。
「私、正直ユズキ達が帰ってくると思ってませんでした。」
「あー、ね」
強者を並べようと、どれだけ数を積もうとその悉くを容易く破ってきた魔王軍。
それに対するは突然現れた『勇者』三人。
そしてその勇者に、今まで出し惜しみしてきた最高の戦力をつけたとはいえその数はたったの六。大軍を相手取る敵の、その数にすら満たない。
人間の死体が六つ増えるだけ、と考えるのは何ら不思議ではない。
別れの涙だって、それが永遠の別れになることを覚悟してのもの。
負けるつもりなどなかった柚希からすれば、心外だが。
「だから、私、ほんとに、嬉しくて、うれしくてぇぇぇ……」
アネットは顔がぐしゃぐしゃになるのも、紅茶に涙が零れ落ちるのも気にせずにわんわんと泣きわめく。
それは柚希達の出発の、その時のように。
「あーもう、そんなすぐ泣くなって」
「だってぇ、だってぇぇ」
テーブルに突っ伏す頭を、柚希はそっと撫でる。
「はぁー……結構長話したなぁ」
アネットの『ちょっとお茶』が、まさか二時間もかかろうとは思わなかった。
若干、声がかすれる。
紅茶だって今は貴重。あまり無駄遣いはするな、と最初の二杯で遠慮したが、そのおかげで喉がカラカラだ。
「まあ、楽しかったしいいか」
それでも柚希にとって女の子とのおしゃべりが嫌な筈がない。なかろうに。
だがしかし、棒を振り回してばかりだった最近。いきなり大量の会話パートはなんだか少し別の疲れがあった。
そんな柚希の背に、また一人声をかける者がいた。
「ユズキ様ーっ! ご機嫌いかがーっ!」
「ああ、リーミア……」
お茶でもいかが、と。
「うえっへっへ! 人気者はいいなあ!」
「まあおかげで退屈はしなかったよ。」
夜。
地球人水入らずで飲み会だ。
なんだか妙に疲れる、と言いつつも結局遊び足りないのだ。遊べるうちに、遊ばねば。
今が『遊べるうち』かどうかは、別として。
「それにしても柚君、すっかり酒飲みですね。」
「この体のお陰で体調崩したりしないですからね。」
同時に気持ちよく酔うこともないのだが、そこは気分だけでも、だ。優奈がべろべろに酔っている事は、この際おいておこう。
殆ど酔えない。酔うという感覚があまりわからない。本来の体質なら、どうだったのだろう。父や母や、祖父や祖母や、友人や恋人と飲む酒は、どんな味だったのだろう。
それは、声には出さない事にした。
しかし何より、壮の入れるカクテルの味には間違いが無い。これは無限に飲める。
「にしても、呑気ですよね。」
「呑気、とは?」
柚希はグラスを傾けながらしみじみと言う。
以下、酔っ払いボイスはカット。
「いやだって、あんな突然敵が現れたんですよ? 外を出歩いてすれ違った人間が……そもそも人間じゃない方もいらっしゃいましたね。味方じゃ、ないかもしれない。ここのメイド執事だってそれは見てたはずなのに。」
皆一様に、ひたすらに喜んでいた。
まるで戦争が終わったかのように。
「仕方ありませんよ。皆死を覚悟していたのでしょう。そこに不意の光が降り注げば、もうそれしか目に入らない。」
これ以上落ちる事のない場所まで落ちた。隣に敵がいた程度では気にもならない、と言っては言い過ぎだろう。
しかし、同時に現れた希望によって、その程度のマイナス案件は掠れてしまった。
闇に慣れすぎれば、光はどんなに小さくてもまばゆく見える。そしてそれを前にすれば、見慣れた闇なんて目に入りすらしないのだ。
だが、それは。
「もう、皆狂ってるみたいじゃないですか……」
「死を前に狂うことはなんらおかしくないでしょう。ましては種の存続にかかわる事ですから。」
壮は柚希の言葉を否定せずに頷いて見せる。
心的外傷後ストレス障害、PTSDという病がある。戦争等のストレスによって起こる障害だ。
命のやり取りを、殺し合いを平気でやる方がどうかしているのだ。
まして戦いも知らない一般人には、余計に堪えるだろう。
「今はみんなを元気づけるのが仕事、かあ。」
一気に飲みほしたグラスの中身は、なんだが少し苦かった。
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