第18話 唯一警戒された存在
「貴様……許さん……我が、我が妹をぉ!」
「待ちなさいリリムリム。やはり君一人にはいかせられない!」
今にも特攻しそうな片翼のヴァンパイアを角の男、鬼が止める。
人間とはいえ純血のヴァンパイアを仕留めた男。警戒する彼の判断は正しい。
と、冷静さを多少取り戻したリリムリムは、異変に気がつく。
「……貴様、その首の傷はまさか、エミラものか?」
壮の首、二つの点のような真新しい傷。それがヴァンパイアによるものであることは、他でもないヴァンパイアである彼が一番知っている。
「何故! 妹の眷属でありながら手にかけた!」
「僕自身に彼女への恨みがあったわけではありません。何故、と言われると戦争だから、としか言えません。」
貴方だってそうして人間を殺してきたのでしょう、と壮は淡々と反論する。
「ソウさん、まともに相手するだけ無駄っすよ。こいつらは戦争だなんて対等なもんだと思ってない。」
しかし、対話を試みる壮を遮るように言ったのはギラだった。
その言葉は、言葉以上に冷たい、彼の深い恨みとも言えぬ何かを孕んでいた。
普段は見せないギラの冷めきった言葉を、片翼のヴァンパイアは肯定する。
「ああ、そうだとも。そこの人間はよく分かっているじゃないか。貴様ら人間ごときが我々に抗おうなど烏滸がましい。ましてや妹によって我々の仲間となることを許されたにも関わらずそれを放棄するなど……度し難い!」
片翼は額に血管を浮かせ拳を強く握りしめる。最初から話し合う余地など無かったのだ。
「ね、ソウさん。話しても無駄っすよ。」
ギラはやはり冷たく言い捨てて、ナメクジから逃げるときに置いていたリュックから手甲剣を取り出す。
パタとも呼ばれるそれは手の部分を覆う籠手と剣が一体化した武器。固定される手首への負担が大きいのが難点だが、ギラの場合は武器があくまでも魔法の補助。酷使するわけでは無いため大きな難点ではない。
ギラが構えると、二人も合わせて剣を、刀を抜く。
「片翼……初めて見るのう。純血のヴァンパイアと他の種族のハーフじゃろうか。」
「ハーフだと何か変わるのですか?」
「もう片方がヴァンパイアよりも弱い種族なら、順当に考えて純血より弱いじゃろう。だが、油断せぬことじゃ。」
片翼は壮が相手取る事になるのは明白だ。その為、ルタは壮に助言を送る。
助言、とも言えぬような程度だが、それを受け取った壮は片翼へと向き直る。対する彼はもう我慢の限界のようだった。
「貴様等、そろそろお話は終わりだ。今俺が殺してやる。そしてあの世でエミラに……もう一度、何度でも殺されろ!!」
一直線に、片翼は三人へと飛び込む。一切の加減も、躊躇も、駆け引きもない、銃弾のように真っ直ぐな突撃。否。あとの様子を見れば、それは銃弾というより砲撃かもしれない。三人が跳ね退くと、爆発でも起こったかのように地に煙が上がる。
実際には片翼が片手剣を振るい、地を抉っただけだ。
「その見てくれで随分と雑な戦い方──っ!」
間髪入れず、ギラとルタには槍と刀の際限ない斬撃が浴びせられる。
二人はそれを防ぎつつ後退するが、壮とは完全に引き離されてしまう。
「お前らの相手は、こっちだ」
「はー……あんたら有名人だなあ? 髭の剣士と、筋肉質の剣士。剣ならなんでも扱う剣士に、手甲剣のみを使う剣士って。きーたことある。ニッチなもん使うねぇ。」
「筋肉質って結構いると思うんすけど、僕そんなに特徴無いっすかね?」
「わしに比べりゃ薄いのう。」
二人の力は人類でトップにあたる。魔王軍にまでその存在が知れ渡っていても不思議はない。
武器、戦術、癖。
彼方の情報は全く無くとも、此方の情報が知られていることは大いにあり得る。
そして今回の相手は──
「刀の御主は鬼か。じゃが槍の主は一体何者じゃ?」
首を傾げるルタに、槍使いはあっけらかんと答える。
「何者も何もお前らと同じ。人間だよお」
「──!? ……人間、とは……それだけの力がありながら寝返ったと言うのか!?」
ラフな格好の槍使い。見た目は人間にしか見えない彼は、見た目も何も純粋な人間だったのだ。
ルタは怒りを露にする。
魔王軍の侵攻は人類が亜人類と手を組み、一般人までも戦いに出、やがては国が最後のひとつになっても止まらない。
山ほどの同胞が、家族が殺されてきた。そんな敵軍に加担するなど言語道断だ、と。
「はー。勘違いしないで欲しいんだけどさ、俺が寝返ったんじゃなくてえ、昔捨て子の俺を拾ったのが隊長だったてだけえ。アラクって名前も、隊長がくれた。」
男は続けて言う。
「俺が人間を裏切ったんじゃねえ。人間が俺を裏切ったんだ」
誰もが同情し、言葉を失うような話。
だがギラは同情どころか更に言葉を冷たくする。
「マギー。相手するだけ無駄っす。敵は殺すだけっす。」
「はー。自信満々だねえ。にんげんみーんなに愛された、温室育ちが……よぉ!」
ギラの言葉が逆鱗に触れたのか、その人間、アラクは槍を構え、ギラ目掛けて突撃する。ギラは右手のパタでそれを弾き、すかさず反対の手で反撃に出る。が、逆にこれは弾かれる。
同時に鬼もギラへと刀を振りか降ろすが、これはルタが割って入って防ぐ。レイピアに沿って滑るように流れた刀は地を傷つける。
ルタはその刀を踏みつけ、硬直した鬼、ダンの眉間目掛けレイピアを突くと同時、ギラは左の剣で槍を抑え、右の剣でアラクの首筋を狙う。
しかしそうも簡単には決まらない。
ダンはレイピアを紙一重で躱し、アラクも身を捩って手甲剣を避ける。そして二人は同時にルタとギラを蹴り、一度距離を置く。
時間が無限に続くようにも思える剣戟。《この状態では》、互いの技量に大した差は無かった。
「はー。大したことねえじゃん。あっちのレイピアは手抜いてやがっけどてめえはその程度か?」
ギラ自身、剣のみでもそこらの騎士とは比べ物にならない腕を持っている。
が、今回の相手もまた、そこらの騎士とは比べ物にならない。軽く討てるタマではないのだ。
だからこそ、その油断に付け入る。
「マギー。いくっすよ。」
「応」
合図はそれだけで十分。ルタの攻撃の勢いが先の数倍にも増す。
手を抜いていた分を、惜しげなく披露する。
この豹変にはダンも驚愕し、その猛攻をなんとかいなす事で精一杯だ。……否、いなしきれていない。僅かに対応の遅れた分、刀身が次第にダンの表皮を切り裂いてゆく。
「アラクの言う通り……しかしこれほど力を隠していたとは……!」
「呑気に話しとる場合か」
一方でギラも同様に全力で攻め立てる。とは言ってもギラは近接戦に於いてここまで一切手は抜いていない。
だが魔法を使っていない、という考え方をすれば、大いに手を抜いている。
相手と互角に渡り合う事に精一杯なギラとは違い、ルタには少し余裕がある。
その余裕を活用し、ダンを少しずつ少しずつ、アラクの背後へと追いやる。が──
「──っ!」
魔法の、気配。
それは鬼の刀に纏わりつくように感じられた。
鬼の刀には段々と緑青の風が纏わりつく様に現れて。
「マギー! 『ウィルダ』の応用っす!」
風を司る魔法、ウィルダ。それを纏わせた刀の切れ味は馬鹿にならない。
「これで……終わりだ!」
「ぐうっ!」
ウィルダを纏わせた刀。それによる鬼の渾身の一振り。
ルタはレイピアで受ける。が、刀はそのレイピアをも安安と両断し、そのままルタの肩口から腰にかけて斜めに大きな裂傷を生む。
深くはない。が、浅くもない。少なくとも今までの動きを続ける事は適わない。
「カッ……」
「マギー!」
「余所見してんじゃねえ、よっ!」
ルタに目を取られた隙を突かれ、ギラも両手の手甲剣を同時に弾かれる。両手をあげるような体勢になりその胴体はがら空きで──
「くたば──ぁ?」
ギラの腹を槍が貫こうとする直前。
背中合わせになるアラクとダン。その二人を突如現れた氷の刃が串刺しにする。
氷の魔法、イーサイだ。
「なん……だ、これ、は……?」
「ま、さか貴様……本命は魔法、だと……?」
ギラは手甲剣だけでも十分な戦力。大方の敵はそれで退けてきた。
それでは足りない相手には魔法を使ったが、それを見た敵は一匹残らず狩ってきた。
彼が魔法を使うことを知る敵は、いなかったのだ。
アラクとダンの敗因は、情報不足と慢心。ルタとギラ、二人を同時に追い詰め、あと一撃で止めを刺せるというタイミングでの油断。
同時にダンが魔法を展開した事が魔気のカモフラージュにもなってしまった事もある。
その二つにより、二人はギラによる魔法の気配に気付けなかったのだ。
ギラは念の為に倒れる敵に氷の雨の追い討ちで止めを刺し、ルタに駆け寄る。
「マギー! 大丈夫っすか!?」
「お、ギラ。済んだか……わしはこの通り、ピンピンしとる………」
「とりあえず応急処置だけでも……っ! やっぱ、キッツいなぁ……」
痩せ我慢をする老人にギラは治癒魔法をかける。
魔法適正が無いものは魔法を使う際の燃費が恐ろしく悪いだけで、使えないということはない。
そしてそれは、治癒魔法にも該当する。
治癒魔法は、魔法とは全く別の才能が必要となる。ギラにはその才能が無い、つまりギラにも治癒魔法の適正は無いのだ。
しかしギラほどの腕を持てば、適正がなくとも気休め程度の治癒魔法ならば行使が可能。
しかし、本当に気休め程度だ。止血すらもままならない。
「早く姫んとこに行かないと! でもどこなんだか……」
「……その前にまずはソウさんの心配じゃ。応援に行け」
「置いては行かないっすよ。それに多分、もう応援は必要ないっす」
ギラは止血用にちぎった服をルタの傷口に押しあてて背負い、走る。目的地は、先程壮と分断されたヴァンパイアの死体転がる場所。
壮ならば、きっとその五感でユリアナの居場所を特定出来る。
ギラは全速力で、走る。
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