第17話 休む間もなく


「あ! ソウさーん! 無事っすかー!

げっ……」


 ギラは駆け寄ると瓦礫に隠れていたヴァンパイア、エミラ=リールヒルの無惨も無惨な遺体が視界に入り、思わず声が漏れる。


「すみません……どの程度で致命傷になりえるのかわからなくて。」

「これはこれは、派手にやったのぅ。……! ギラ!」

「!!」


 後からついてきたルタは壮を見ると、開口一番ギラに怒鳴りつけ、剣を抜く。

 その意図を察し、気の抜けていたギラも慌てて後ろに跳び、壮から距離を取る。

 壮の首筋に、深々と刻まれた傷。

 二本の、太い釘を刺したような傷。ヴァンパイアの噛み痕だ。

 しかし、壮は「ああ、それは」と、大したことも無さそうに。


「二人とも、噛まれちゃダメだって教えてくださいよ。危うく敵になっちゃう所だったじゃあないですか。」

「白々しいのう。ワシらを騙そうとて無駄じゃ。」

「すいません! すいませんソウさん! 僕が話してなかったせいで! あぁもう……何で僕は!」


 ルタは壮を鋭く睨みつけ、ギラは己の不始末を深く後悔する。

 そもそも噛まれてはならない事を話しておけば、こうはならなかったかもしれないのだ。


「ええと……。」


 困ったなぁ、と壮は顎を擦る。完全に、勘違いされている。

 この反応も尤もだ。

 僅かでもヴァンパイアに血を吸われて抵抗した人間などいない。二人からすれば、そんな事は信じられないのだ。

 だが、壮からすれば事がどれ程重大かもわからない。


「あの、洗脳、的なのはかかってませんよ。噛まれた時物凄い力が湧いて来ましたけど、それだけです。」

「そんな馬鹿な事が……じゃが」


 ルタは気を緩めないまま、壮の足元を見やる。

 そこに転がるは件のヴァンパイアの死体。

 その死体こそ、壮が確かにヴァンパイアの支配に抵抗した何よりの証拠だ。


「わかりました、ソウさん。一先ずは信じるっす。」

「ギラ!」

「但し、余り近づかないで欲しいっす。念の為。」

「ええ、わかりました。」


 二人の様子から壮は事の重大さを、なんとなくだが察する。

 完全に安心出来るまでは、暫く一定距離を置く必要がある。


「ううむ……貴方方は特別にヴァンパイアの支配が効かないのかのぅ……。」

「と、言いますと?」


 壮が首を捻ると、ギラが己の説明不足を噛みしめるように、今度こそはと説明を始めた。


「ヴァンパイアの精神支配ってのは、基本的に存在として自分よりも劣ったに種にしか出来ないっす。ヴァンパイアの個体が優れていればその分強い種を支配出来るっすけど、逆も然りっすね。」


 本来、人間はヴァンパイアの支配に対して抵抗する余地すらない。だが人間離れした力を持つギラやルタならば、ある程度は可能性がある。

 まして人間離れどころか果ては人間の域を超越した壮。最早人間ではないその種を仮に『勇者』とするならば、『勇者』は『ヴァンパイア』よりも上位の存在だった、という事だ。


「さすがは勇者様、と言ったところじゃの。しかし……ヴァンパイアになったが自我を保つ、なんて初めて聞くぞ。これからどうなるのやら……」

「ヴァンパイアに、なった?」

「噛まれた時に力の増加を感じた、と言ったじゃろう? ならば体はヴァンパイアに転化しておるはずじゃ。」


 壮はエミラに噛まれた時を思い出す。

 内から力が溢れ、外からも力が流れ込む感覚。あの時、体はヴァンパイアへと転化していたのだ。

 勿論、壮は本来人間だ。

 人間をベースとして、それを計り知れないほど強化したのが柚希や壮、優奈。龍二だってそうだった。

 しかし、そのベースが既に人間とは比べ物にならない力を持つヴァンパイアとなった壮。


「正直、警戒した所でもしソウさんが攻撃してきたら僕らにゃ止められないっすね。」

「そうじゃな」


 壮を信じる、というよりかは諦める形で二人は警戒を解く事とした。

 した所で意味のない警戒など、無駄に精神を削るだけだ。


「それより……休憩する暇も無いようですね」


 三人は気怠さをため息に変換して深く吐き出す。こんな状況だというのに、息つく間もない。

 すぐ近くの建物。その上からこちらを睥睨する影がひとつ。

 透き通るように白く長い髪を後ろで一つに結び、足元は漆黒のブーツ。体は、真紅。真っ赤なジュストコールとキュロットを着こなした筋肉質の男。

 その赤は足元に転がる遺体の女性を彷彿させるもので。

 そして何より、その背中には右だけの片翼。蝙蝠の翼が生えていた。


「おい、それは……誰がやった」


 彼は一言。それとは勿論眼下に転がる遺体の事だ。

 壮は臆することなく、躊躇うことなく、二人の盾になるように一歩前へ出る。


「僕ですが」


 それを聞くと片翼の男は四十センチ程の片手剣を抜き、憤怒と憎悪を込めて壮を睨め付ける。

 小物ならばそれだけで人を殺せるような、鋭い眼光。


「リリムリム。見つけたのなら早く言ってください。」

「はー、まっさか本当に侵入者がいるとはねえ。」


 瞬きをする間にも壮を殺しにかかろうという彼だったが、しかし動く前にその後ろから更に二人の男が現れる。

 スーツを着こなした、いやに姿勢の正しい男。額からは鋭い角がふたつ突き出ていて、腰には壮と同じく刀が下がっている。

 もう一人はよれよれのシャツに短パン、風呂上がりにコンビニにでかけるくらいの感覚なラフな格好。見た目は人間と変わらない男。

 そのラフな格好に似つかわしくない、吸い込んだ光を逃さないような、まるでその部分だけ景色が抜け落ちてしまったかの様にどす黒い槍を担いでいる。


「手前の白髪頭は俺がやる。妹の敵だ。」

「それは……!」

「はー。リムは義理堅いねえ。いんじゃない。」

「おい!」


 エミラの兄の言葉に同意する槍使い。しかしスーツの男は思う事があるのか声を荒げる。


「うるせえなあ。リムにやらしたれって」

「だが……」


 エミラの兄、リリムリムの意志は変わらない。

 スーツの男は説得を諦め、三人の侵入者へと向き直る。

 空気が、張り詰める。

 互いの距離は十メートル程あるが、十センチメートルのようにも感じられた。

 先に動くのは賢者か、それとも愚者か。




「向こうはうまくやってるかねー……」


 チーム分けをしてから一時間くらい経っただろうか。柚希は向こうのチームの安否が気になっていた。男三人で極限状態に追い込まれ新たな扉を開いたりしていない事を祈る。


「大丈夫、ですよ。きっと。」

「そそ。アイツらは簡単に死ぬタマじゃねえって! こんなトコで死ぬならウチらの種族はオシマイってだけだよ!」


 兎に角、ここは彼らを信頼してあまり考えない方がいい。人の事を考えている余裕など無いのだ。

 確かに簡単におっ死ぬタマじゃない。こんな場所で死ぬのなら魔王を相手取るなんて到底無理、というのもその通りだ。


「にしてもいい街なのに残念だよなあ。是非普通に観光に来たい」

「そうだねえ。ウチもせっかく城から出たってのに行き先がこれじゃねー。」


 見慣れない街並みなんて歩くだけで楽しいものだ。だが、今のここは人が完全に避難して、活気で溢れていただろう雰囲気は彼方へと消えてしまっている。

 ここを奪還すれば、その活気が帰ってくるのだろうか。


「あのさ! 事が終わって平和になったら皆で遊びにでも──」

「ゆず君」

「おう」


 柚希は優奈に言われてから気付く。気が抜けすぎだろうか、と反省。

 生物の気配。それも物凄いスピード、柚希の全速力にも近い速さでこちらへ向かう者がいる。

 明らかにゴーレムや骨とは格が違う。目で見ずともわかるほどに。

 やがてそれは一切減速することなく、柚希達の目の前に現れ、近くの建物の壁に激突することで停止する。

 なんとか見つかる前にユリアナを隠れさせることだけはできた。


「……っあーいってて………」

「なんで止まんねぇんだよコイツ……」


 服は着ていない。

 しかし問題は無い。股間から人らしい男性器がぶら下がっている事はなく、それは平たく言えば人型のトカゲだった。

 全身の肌、というより鱗は黒く、背中に一本の青いラインが入っている。

 本当にトカゲをヒト型にしたようなものだった。その手から十センチメートルほどの鋭い爪が生えていることを除けば。


「あ? 止まんのが面倒臭えんだよ。それよりこの辺で頭オカシイ骨とイケメンゴーレム見なかったか?」

「ああ、それならあっちの方で散歩──」


 突然、柚希の目に四本の刃が写る。否、それは刃では無く爪だ。

 柚希は寸前で棍を盾にしてそれを防ぐ。


「あっぶねぇな! 親切に教えてやってんのに何すんだよ!」

「んなとこに人間がいるわけねぇだろ。……今の弾くとか、ナニモンだてめえ」


 バレていた。

 完全にバレてていた。

 寧ろバレていないはずはなかった。

 くそう、もう少し休憩したかったのに!


「──ん」


 地面に、不自然な影が現れる。だがそこには誰も居なく。


「あぶねっ」


 今度は空から。

 強烈な一撃が降りかかる。二メートルはあろう大剣だ。

 柚希がそれを既で避けると、その影の主はトカゲの横に降り立つ。

 こちらは服を着ていた。貴族の軍服と言ったところか。

 それは大剣に負けず劣らずでかい、人型の鷹。頭部は完全に鷹、体も羽毛で包まれている。そして背中からは巨大な翼。それで飛んでいたのだろう。


「隊長、例え人間相手でもお一人でなんてやめて下さい。」

「ワリ。さっきので終わると思ってた」


 隊長。

 鷹は確かにそう言った。

 隊長? てことはこいつがもしかしてもしかすると。


「お前が部隊のリーダー?」

「そういうことだな」

「えーっ!」


 えーっ!!

 十いる部下のまだ四しか倒してないのに!壮ちゃんがプラスで四くらい倒しておいてくれないかなあ!後からぞろぞろ来られたらたまったもんじゃないよ!


「ゆ、ゆず君、気を抜かないで」

「え? ああ。ごめんなさい」


 柚希はまたも優奈に喝を入れられてしまう。

 そう、今はふざけている場合ではない。敵がまだいるのならば、来る前に目の前の敵を潰さなくては。


「じゃあ、悪いけど死んでもらうよ。俺達は魔王を倒さなきゃならねんだ」

「ハッ! 言うじゃん! やってみろ!」

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