第3話 違和感を抱えて
「……! ユズキ──」
当てもなくぶらぶらと廊下を歩いていたユズキを見つけたコケメイドが小走りで駆け寄る。
「─、様、如何なされましたか?」
そして突然、ハッとして様子が明らかに切り替わる。
「え、何それ、そっちこそ如何なされたの」
柚希との最初のエンカウントの時もかなり切り替えの早かった(おそらく)メイド筆頭。当初の注文通りフランクに接してくれるはずだった彼女の突然の変貌に柚希は首を傾げる。
「それは……国王陛下の大切な御客人に失礼があってはならないので。」
先までと明らかに様子が違う。コケメイドの様子からは客に対する礼儀、というよりもどこか畏怖が込められているようだった。
「もしかして……聞いてたの?」
「何をでしょうか。」
柚希の疑問にコケメイドは白化くれる。その表情と口調には一切の乱れが無く、嘘をついているようには見えないが、事実先から大きく様子が違う。
「やや、バックレんなよ、王様様との会話、外から聞いてたんだろ、って。」
「……はい。」
惚けるだけ無駄だと感じたのか、コケメイドは潔く認める。
国王陛下とその大切な御客人との会話を盗み聞きするとは、随分と度胸があるのかかなりアットホームな職場なのか。
はたまた、それが失礼だとか考える余裕すら無いほど、人は追い込まれているのか。
「申し訳ありません。どうか──」
「あーはいはい、苦しゅうない。」
考えれば当然である。
ヴァイザルの話を聞く限りこの国、この種は最早滅亡が見えている。そんな状況で『大切な客人』なんて人物が現れたら気にもなるだろう。
少ないはずの食料を惜しげ無く振る舞って、この現状にも関わらずまるで国の全盛期の時のような丁重なおもてなしをさせる。
それが何者か、見極めようとするのも当然だ。
極端な話、盗み聞きなど不敬だと処刑されたところで、死ぬのが少し早いか遅いか程度の違いなのだから。
「頼むからその話し方やめてくれって。俺様付けされるような人間じゃないから。」
「ユズキ様がそう仰るのなら……わかりました。」
念を押しても、最初の時のようにすんなりとはいかない。コケメイドとしても、相手が人類の希望となり得るかもしれない存在と知れば、ぞんざいには扱えないのも当たり前だ。
「ほんと、正直俺等はお前らを見捨てるかもしれないんだから。」
王との話し合いは一時解散となった。
どうやらここへ来る前の記憶が混濁しているのは皆同じらしく、それに突然人類の為に戦ってくれなんて言われて簡単に承諾できる者などいなかったからだ。
しかし解散と言われても特にすることもなく、それで柚希は適当に城内をぶらついていた。
折角の本物の王城、探検しないのは勿体無いと思ったからだ。
「つっても、何だか寂しいよなぁ。」
人気がなく。
雰囲気は沈み。
優雅さもない。
豪華絢爛なはずの内装も、人々の活気が薄れる事で随分と侘しい物になっていた。
きっと、本来はこんな姿ではないのだろう。
「………。」
二人とも口を噤み、暫くの静寂が続く。
どちらも互いに、何と声を掛ければよいのか分からなかった。
「なぁ、えっと…」
それに耐えかねた柚希が口を開く。
「コケメイド、お前はなんつーか、どういう状況なのか、聞いてもいい?」
「私の状況、ですか? つまり家族とかでしょうか? 私の……ん、コケメイド?」
さり気ない柚希のディスりに暫くしてからコケメイドが気付く。
「な、何ですかコケメイドって! 確かにコケましたけど、私はアネットです!! ……あっ」
「はーいアネットね、了解了解。」
思わず声を荒げたアネットは少し頬を紅潮させて柚希に怒鳴りつける。アネットは我に返ると焦って謝罪を入れようとするが、しかし柚希は寧ろその様子に嬉しそうに頷いた。
「で、嫌だったら話さなくていいんだけど。」
人類の希望として柚希を持ち上げる事を諦めたアネットははぁとため息をつき、「いえ」と快くはないが了承の返事をする。
「私の家族は、もう残っていません。一人です。」
「え」
軽い気持ちで聞いていた。想像は出来たはずだ。しかし想像以上に最悪だったアネットを取り巻く環境に、柚希は絶句する。
だが、アネットは「でもでも」と手を横に降って。
「母親は元々病気で早くに亡くなってました。戦いで死んだのは父親と兄です。あとは……親友も、亡くしました。」
それくらいですかね、とアネットは乾いた笑みを浮かべる。その笑顔は、明らかに偽物の、作り笑いだった。
柚希は言葉を失う。
そもそも別の世界の人間を助ける義理なんて無い。
助ける力がある、とは言っても無理矢理に与えられた物だし、勝手に召喚された身としては寧ろ被害者だ。
しかしどうだろう。
目の前で作り笑いを浮かべる、自分と同年代の少女を、家族を親友を失い、己ももうすぐ死ぬのだと感じている少女を見捨てる事になるのだ。
アネットだけではない。
この国に残った全ての者を、そうやって見捨てる事になるのだ。
例え押し付けられた物だとしても、救うことができるかもしれない力があるというのに。
それはどれ程の罪悪感になろうか。
しかしそもそも呼び出されなければ、このような罪悪感に苛まれる可能性すらなかったワケで。
「んだそれ、マジ最悪じゃねぇか。……あーもう、どうすりゃいいんだよ……。」
「……。」
アネットも、「助けてほしい」だなんて簡単には言えないでいた。
国王と柚希達との会話を聞いていた彼女は、柚希達の力だけでなく、彼らが本来は戦いと無縁であることも、一方的に呼びつけられただけという事も知っているからだ。
だから、そんな柚希を焚き付ける様なつもりは無かった。
無かったのだ。
無かったのだが、不意に、アネットの頬を涙が伝った。
「え、あっ……す、すみません! ちょと、あの、さっきタンスの角に指をぶつけた痛みが再発しちゃって……。」
「あ、ご、ごめん! そんな誤魔化すなって! ほんとにごめん! 辛いよな、こんな話。」
アネットはまるであざとく柚希を煽るような自分の行動が嫌で嫌で必死に袖で涙を拭うが、しかしそれは止まるどころか思い出したように勢いを増して溢れ出す。
「違うん、です、ごめんなさい、ごめんなさい!」
わけもわからず、兎に角わざとではないということを必死に伝えようと首を横に降アネット。終いにはそっぽ向いて顔を隠そうとする。
しかし柚希は疑いもせず、ただ彼女の背を優しく撫でた。
「ごめん。本当、辛い事思い出させた。俺が、悪かった。」
ちょっと! 急に泣かないでよ! え、ちょ、え、ちょっと、まじ、え、ど、どうしよう!? というのが本音である。号泣する女の子への対応なんて器用な能力は持ち合わせていない。
格好つけて背伸びして、ようやく背中を撫でる事が今の柚希の精一杯の対応だった。
頭撫でるとか、抱くとか、そんなに友好度深まってないし! 引かれたら怖い!
その後。
目尻を赤く腫れ上がらせ、それ以上に顔を真っ赤に染めてぺこぺこ誤りながら音速で消えたアネットに取り残された柚希は、嫌われたのではないと頭ではわかっていてもしかし何処か嫌われたのではという不安に心を曇らせていた。
「あの対応で正しかったのだろうか……」
閑散とした無駄に広い廊下に虚しく独り言が響く。
相変わらずもの寂しいな、と思ってから柚希はハッと自分の置かれた状況を思い返す。
彼らに協力すべきか、否か。
正直、自分らがピンチに陥ったからと身勝手にも他所の世界の人間を引っ張る人間の話なんて聞く気は無かった。
だが、この国の一国民の生の声を聞いて、無下に突っぱねる事もできなくなってしまった。
だがしかし、心身は馬鹿みたいに強くなったとはいえ元は一般人である自分に化物集団と戦う、なんて事ができるのか。
「ぅ〜〜〜……ってか、ん?」
ふと、何となく思った。
随分と話が進むのが早くないか、と。
状況が状況だから焦るのは当然だろう。しかし、ヴァイザルの様子は何処か焦り気味だったというか、何というか。
そう、何より此処に来る直前の事を覚えていない。
幾人や佳純達と遊んでいたはず。そこは覚えている。しかし気が付いたら眠っていた。
解散して家に帰って、寝ていたのか…?
いや、違う。
何か、大切な事を忘れている。
……。
…………。
「……ぁぁあああ思い出せん!」
柚希は頭を掻きむしりながら軽く地団駄を踏む。
何も思い出せない今は、取り敢えず城内の探検を続けることにした。
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