第2話 王の懇願


「はぁ?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。皆が唖然としていると、パイナップル頭が口を挟む。


「おいおっさん、自分でなに言ってんのか分かってんのか? あァ? 勝手に意味わからんことして手を貸せとかよ、頭イッちゃってんじゃねぇのか? ワッケわかんねェよ。そもそもここが何処かも分かりゃしねぇ。」


 先まで唖然としていた男は調子を取り戻したのだろうか、王、ヴァイザルに詰め寄る。

 柚希が普段なら初見から毛嫌いするタイプの人間だったが、この時ばかりは激しく同意した。だが怒りを向けられたヴァイザルは全く動じず。


「自分でどれだけ身勝手なことを言っているのかは、わかっています。ですがまず、話だけでも聞いていただきたい」

「おいこらてめぇ……」

「まあまあ、一先ずは話を聞いても宜しいのではないですか?」


 怯まないヴァイザルに食って掛かるパイナップル頭を、隣に座る初老の男が軽く手を伸ばして制止する。

 パイナップル頭は何か言いたげに言葉を詰まらせるが、忌々しげに舌打ちをしてどかっと椅子に座り直す。


「まず、皆様を呼んだ理由は先ほど申し上げたようにこの世界の人類亜人類を救って頂きたいからです。それは、侵攻を続けるザノビス軍から。ザノビス軍というのは……魔王軍といえばわかりやすいでしょうか。今、我々は奴等の侵攻により絶滅の危機に瀕しているのです」


 魔王軍


 その単語に思わず一同は息を飲む。それだけではない。突拍子もなく意味不明で、馴染みのない単語の羅列。それにしても絶滅の危機とは、随分と追い込まれているのか。


 300年前、我々人類と魔王は条約を結んだ。お互いの領地と境界線をはっきりと取り決め、互いに不可侵の条約。

 しかし人類などという弱い種族と条約を結ぶことに反対する勢力も魔王側には少なくなかった。そしてつい半年ほど前、当時の条約を結んだ魔王が滅ぼされ、その滅ぼした張本人が次代の魔王の座を継承し、人類の地に侵攻を開始。

 その圧倒的な力に敵わず、人類は亜人類と手を組むも、侵攻は食い止められていない。

 というのが、ヴァイザルの説明した現状だ。

 ヴァイザルは唇を噛み、拳を強く握る。彼の悔しさや無力感が手に取るように伝わってきた。敵方にどれ程の数がいるのかは分からないが、人類と亜人類の共同戦線で止められないとは相当なものだろう。


「国や集落は次々と落とされ、生き残った僅かな者は少しずつ下がり、気がつけば残ったのはこの国だけ。今もかつて啀み合っていた国同士の者が必死にここを守ろうと戦っていますが、それも時間の問題です。馬車の馬すら食料に、人の骨すら武器にされています。もう、何もかもが足りない。身勝手なのはわかっています。ですが皆の希望にもなり得る『未知の力を持つ勇者』という存在が、必要だったのです。」


 状況は絶望的と言えた。もはや後がないこの状況、一方的に呼ばれたとはいえ柚希も多少は同情すらしてしまう。しかし同情を誘う話をしているのだと思うと同時に腹が立つのも事実だった。

 先まで食ってかかっていた男もどこか居心地が悪そうに黙りこむ。すると、ロマンスグレーが手を上げる。


「なるほど、状況はわかりました。ですが、お力にはなれないでしょう。少なくとも私は非力な一般人です。しかも話を聞く限り相手はかなりの軍勢でしょう? 数人増えたところで太刀打ちできるとは思えません。どうやら呼ぶ人材をお間違えになったようだ。ということで、今すぐにもとの場所に返していただけますでしょうか。」


 当たり前だ。この国の人類と亜人類とやらがどれ程の量いるのか知らないが、まとまっても届かない壁に、どうして一般日本人数名が敵うものか。否、もしかすれば他の者は一般人ではないのかもしれないが。

 召喚する相手を間違えたんじゃないのか?と柚希は思ったが、しかしヴァイザルの返答は違った。彼は指を二本立てると。


「二つ、訂正したいことがございます。まずひとつ、ここはあなた方の居た地とは別の世界。『異世界の勇者』は、もともと力を持っている訳ではありません。世界を渡る、これによる多大な負荷を乗り越えた時に心身共に絶大な力がつくのです。今の皆様には勇者の名に恥じない力があるのです。肉体だけでなく、精神まで。」


 瞬間、目の前のテーブルが轟音と共に真二つに割れる。


「きゃっ……!?」

「おー、ほんとだすげーすげー」


 柚希の向かいに座る男がテーブルに踵を振り下ろしたのだ。

 大して力を入れた様子もないが、しかしテーブルは煎餅のように簡単に割れた。

 少し動揺したが、すぐに持ち直したヴァイザルは「そしてもうひとつ」と続ける。


「我々を今まさに窮地に追いやっている敵は、魔王軍の幹部一人とその配下、合計で十名程です」


「──は!?」


 全員が反射的に顔をあげ、ヴァイザルに視線を集める。彼の瞳には悪ふざけの雰囲気など全く無かった。人類と亜人類の共同戦線を次々打ち破る驚異。それが精々十程度の集団だという。


「っざけんなよ! んなのに敵うわきゃねぇだろ!」


 再び部屋に流れた沈黙をパイナップル頭が破る。

 八つ当たりで強く踏みつけた床板が、激しく音を立ててめくれあがる。


「なんで知らねぇ世界なんて訳わかんねぇのに頼んだよ!? 大人しく頭下げて負け認めりゃいいだろぉが! てめぇらが生きようが死のうがこっちは知ったこっちゃねェ! ンで俺が巻き込まれンだよ!」


 男は折れたテーブルの片方をひょいと片手で持ち上げ、思い切り壁に投げつける。

 ごもっともな意見だ。ピンチの異世界の人間を助ける義理など無い。だがヴァイザルは怯むどころか声を荒らげる。


「我々があなた方に頼るのは、過去に同じ事があったからです! 300年前、我々は今のように危機に瀕していました。そのとき同じように召喚という禁忌によってこちらに渡ってきた勇者様によって、魔王を打ち破り条約締結にまで至った! 今の我々にはそれしか希望が無かったのです! 無いのです! 勝手に呼んだ上に同情を誘う話までして協力を仰ごうなんて烏滸がましい。それは重々承知しております。しかし、これしか道がない! どうか、我が国民をどうか……!」


 またも部屋は静寂に包まれる。ハッ、と我に帰ったヴァイザルは深く腰を折って詫びを入れてから。


「身勝手なことをした上にこの様なことを……申し訳御座いません。勝手な事をしたのは私です。強制は出来ません。すぐに決めろとも申しません。ですから何卒……何卒我々にお力添えを……ご検討下さい」

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