第1話 強制召喚と無理難題


 体中がだるくて、だが心地いい。ああ、これは夢、だろうか。今、なんで寝てるんだっけ?

 近くからは誰かの声……が聞こえるが、何を言っているのかわからない。聞き取れないのだろうか、ぼそぼそと篭った音が何となく聞こえるのみだ。


……あれ?


 聞いたこと、無い……? あるような気が……。いや、無い、はず。だが、ある……? そう、さっき、聞いた。




 ずっと聞こえる声。夢現のなか、聞こえる声。もうどれだけ時間がたったかわからないが、それがなんだか理解できるような気がしてきた。知らない言語の筈なのに、どうしてか頭に入ってくる。

 お世話……まだ起きないな? だと……? 俺のことか? 余計なお世話だ。大体俺はどこで何を……。





 もぞもぞとベッドの中で寝返りをうつ。


「──んぁ」


 朝は嫌いだ。眠いし、明るい。夜中のほとんどの人が寝静まった雰囲気の方が、柚希は好きだった。

 寝転がったまま、思い切り体を伸ばす。そして同時に大きく欠伸。


「ふぁぁ朝かぁあぁ……ねよ……」


 少しだけ目を開けて部屋を見渡すと、そこは赤と白を基調とした無駄にだだっ広い空間。寝たままだと分からないが数人のメイドっぽい何かが何やら作業をしている。

 椅子やテーブル等の家具から絵画や花瓶等の調度品まで、一般の素人である柚希にも物凄く高級なもの、ということだけはわかった。

 窓から差し込む日差しを受け、それらは宝石のように輝いていて──


「──ハッ!?」

「わひゃあっ!?」


 突然飛び起きた柚希に近くにいたメイドが驚いて尻餅をつく。

 うむ、かわゆい。

 彼女は数秒間目を白黒させてから我に帰り、一連の動作が無かったかのように麗しく一礼する。


「御快復、心よりお喜び申し上げます」

「……え? あ、えっとどうも。さっきの反応も……なんとういか良かったですよ?」

「ぅあ、申し訳ありません……忘れてください……。」


 恥ずかしがる彼女の横に続いて他のメイドも並び、同じように一礼。

 うむ、メイド服は嫌いじゃないがこう、心の距離が広い感じがあまり、好きじゃないね。


「改めまして」

「あなた様の御快復」

「心より」

「お喜び申し上げます」


「小学校の卒業式かよ!」


 柚希が思わずツッコミを入れると、メイド一同はふふふ、と微笑。どうやら彼女ら的にも冗談の類らしい。

 お、ええやん。心の距離、近づいとるやん。じゃなくて、


「で、ここどこ? え、何なの??」


 今日、というより寝ていたから昨日だろうか。確かいつもの面子で遊びに行っていて……。

 だめだ、うまく思い出せない。記憶が混濁している。


「ここは、アルティム王国王城、その一室で御座います。詳しい話は、私どもは存じ上げておりません。皆様が目覚めた後陛下より直々に、と伺っております。」


 口を開いたのは先のコケメイド。今やコケメイドの雰囲気は彼方へ飛んでいき、一人前の立派なコケメイドだ。


「はー、陛下。てかアルティム王国って……どこだし……聞いたことねぇ。へーまじか。ワケワカンネ。いやまじであれなんだし。てか全員って、なにそれ……ああもうワケわっかんね」


 聞いたこともない国名だ。直々に。その陛下とやらは何か知っているのだろうか。

 いや知るか。てかどこだよまじで。説明になってねぇよ。


「いえ、まだお目覚めにならないのはあなた様と、もう一人と伺っております。」

「まっじか俺そんなお寝坊さんかよ」


 あなたともう一人、と言われてもなんの事だかさっぱりなのだが、不意にいつもの仲間が脳裏によぎる。例のメンバーなのだろうか?

 とにかく幾人たちにも会いたいし、と思って柚希は跳ねるように立ち上がる。どういうわけか、体調は人生で一番いいくらいだ。もしかして、これすらも全部夢なのだろうか。

 そんな期待をなんとなく抱きながら軽く肩を回すと、別のメイドが。


「申し訳ありません。あなた様は今暫くこちらでお休みになっていて下さい。皆様の準備ができ次第、お呼びに参ります」

「え、そうなの? なら話し相手にでもなってくれるの?」

「私共でよろしければ」


 皆に早く会えないのは少し残念だったが、美少女メイドとお話しできるならそれまた良いだろう、と柚希はメイド達へ向き直る。


「わかった。じゃぁまずそのあなた様ってのやめてほしい。なんか……気持ち悪い。うん。俺は齋藤柚希だから。あとなるべく敬語もやめてほしいんだけど……。そんな大した人物じゃないし。」

「……分かりました。ユズキ様。ユズキ様がそうおっしゃるなら、敬語はやめるよ。」

「切り替え早いね。ヨシ!」


 臨機応変。素早い切り替えを見せたのはコケメイドだ。他のメイドは少し戸惑っているあたり、やはり彼女は頭一つ抜けている。いいか悪いかは別として。

 とにかく、相手の名前を聞こうか柚希がと口を開いた時、誰かが入り口の扉を叩いた。

 どうぞー、と声をかけると騎士風の男が入ってくる。


「勇者様、国王陛下が、宜しければ、ほんと、気に食わなければ一向に無視して構わないんですが、出来れば来てほしい。とのことです。」


 そう言った。

 おい、おしゃべりタイム盗んでくれてんじゃねぇよ。ん? てか、ちょいまち、ほんとにそんなへりくだってたの? 王様が? 脚色入ってるよね? それに……え王様!? ドッキリか何か? 質が悪い。


「話も聞きたいし行くけどさ、まず一つ、俺の名前はゆうしゃじゃなくて柚希なんだが。間違いにも程があるだろ。 ゆ しかあってねぇ」


 扉の向こうから会話でも聞いてたのか、あるいは誰かから聞いたか。にしてもひどい間違いだ。幾人のイタズラかもしれない。


「は、はぁ、かしこまりました、ユズキ様。ではこちらです。」


 騎士風の男は何か釈然としない、という様子で首を傾げる。

 そんなに変な名前か? まあ、見たところここは西側の建物に顔立ちのメイドたち。だとしたらそうかもしれないな。ユーシャ君のが変だと思うけど。

 騎士についていくと、先の部屋の扉と対して変わらない扉についた。彼がこちらですと言うのだからそうだと思うのだが、もっとバカでかい扉に迎えられるかと思っていた柚希からすれば少し拍子抜けといった感覚だ。

 騎士がノックをして、許可の声が聞こえると扉を開く。


「ようこそおいでくださいました、勇者様。」


 開口一番、そう言ったのは目の前、テーブルのお誕生席の位置に立つ王様風の姿に王様風の貫禄を持つ男。たぶん、王様なのだろう。だがその頬はやつれ、瞳からは生気も覇気も感じられない。が、それでも彼の瞳には強い意思が宿っている。大した観察眼を持っているわけではないが、柚希にはそんな風に見えた。

 てかユーシャ様言い出したのはこいつなのだろうか?

 しかし、柚希にはそれよりも気になる事があった。


「部屋、狭いな……」


 その部屋は、客間。豪華絢爛にかわりはないのだが、真ん中にテーブル一つ、お誕生席の王様風を除いたら四人分しか椅子がない。勿論自分の家とは比べ物にならないほど広いが、王様とか言ったらもっとだだっ広いものだと思っていた。

 そして、既に二つの椅子は埋まっている。


「もうすぐ揃うはずですので、お座り下さい」


 王様風に勧められて柚希は席につく。王様風をお誕生席、それに向かって左側に若い女性、その向かいには渋いロマンスグレー。柚希はとりあえず、近かった女性の隣の席に座った。

 暫し、沈黙。

 すると今度は同じ扉から柄の悪い男が顔を見せる。野生のパイナップルのような頭をした男だ。


「おお、勇者様。お越しいただきありがとうございます」


 王様風は同じようにその男も勇者様呼ばわりする。どうやら本当に勇者様とか言ってるらしい。

 おいおいそれはないだろ。お前はアジア人が勇者様に見える病気にでもかかってるのか?

 柄の悪い男は柚希の向かいに座る。それを見た王様風は立ったまま挨拶を始めた。


「この度はこのような状況の中お集まりいただき誠にありがとうございます。私はアルティム王国国王、ヴァイザル・アースラルと申します。」

「ちょいちょい、話は聞きたいんですけど、全員集まってからってのは……? この四人で全員なんですか? てか、どちら様? 一人も知ってる人いないのけど。」


 見知らぬ人間しかいないのに説明が始まったのを不思議に思った柚希は口を挟む。王様以外の三人の目は一瞬柚希に集中するが、すぐに答えを求めるように王へと向けられる。

 すると王は、王らしからぬ程に腰を深々と折る。


「……私は、まず皆様に謝らなければなりません。ここへ皆様を呼んだのは、私です。」


 謝らねば、とは言いつつも、その瞳は己の行為を、それが間違っている等とは欠片も疑わない、強い意志が込められていた。


「単刀直入に言います。皆様を呼んだ理由は一つです。どうか、どうかこの国を、人類を亜人類を、救って頂きたい…!」

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