勝手に呼ばれて勇者にされてた

新木稟陽

プロローグ


「ハチ公! ハチ公前行こ!」


 何処に向かうか迷っていると、アホが元気にポニーテールを振り回しながら叫んだ。


「別にいいけど…行ってどうすんだよ」


 するとその隣のソフトモヒカンが眉を寄せて首をかしげる。ポニーテールはながーいため息をつくと、分からないかなぁ? と呆れ気味に言ってから、


「やっぱ人生で一回はハチ公前で待ち合わせってーやんなきゃいけないと思うんだよ! つーわけで渋谷へゴゥ」

「待ち合わせってもう会ってるし。てか俺らまだ高三なんけど。人生語るにははええよ」


 そう言ったポニーテール、佳純は集団をおいてずかずかと駅へ向かう。ソフトモヒカンこと幾人は文句を垂れつつそれを追う。渋谷で待ち合わせなんて、サブカルクソ大学生になってからでいいと思うけど。


「まあまあ、いいじゃん。どうせ目的地なんて決まってねぇし?」

「そうだよ。なんならいくちゃんが決めてもいいけど?」


 佳純に賛同するのは海斗と美羽のイチャラブカップル。5人で出掛けてるというのに他のメンツを全く気にせずずっと手を繋いでいる。もはや親の顔より見慣れた光景だ。


 現在地、新宿。取り敢えず決まった目的地は、渋谷。

 学校でも休日でもよくこのメンツで遊んでいるのだが、今日は例のごとく佳純が「たまには都内にでも出て遊ぼう」などと突然言い出し、適当に散策&ウィンドウショッピングをしていた。話しながらぶらつくだけでも楽しめるのが高校生だ。


「ね、柚希もやりたいでしょ? ハチ公前で待ち合わせ!」

「愚問」


 佳純の問いかけに柚希は短く同意する。実際は、正直どうでもいいだけなのだが。

 文句を言っていた幾人もどうやら諦めたようだ。電車に乗ると、何故か一斉にダル絡みが始まった。


「突然だが柚希、お前気になる子とか好きな子とか好きな佳純とかいるのか?」


 口火を切ったのはリア充海斗だ。海斗はにやにやしながら近づいてくる。柚希は近づいてくるデコを割と強めに殴ってから。


「本当に突然だな。てめぇ、彼女持ちがステータスだなんてほざくなよ。俺は本当に好きな女子がいねーだけだ」


 ほんとだよ。いや、まじで。本当にいないんだから。勘違いしないでよね。

 柚希が不機嫌そうに顔を背けると、幾人はへへっ、と苦笑、佳純はガクリと肩を落とす。そして海斗は額を擦りながら「なんだよぉ、つまんねぇなぁ」とぼやく。

 そんな海斗を見て未だに絡めた手を離さない美羽は頬を赤らめながら、


「でもさ、それなら本当に好きな人と出会えたうちらはすっごい幸せだね! 海斗……」

「かわいい」

「「「うっぜぇ……」」」


 放たれた惚気に他三名は思わずシンクロする。否、よく見たら周りの知らない乗客も何人かシンクロしていた。気がする。もうこの人たち誘って遊びに行こうかな……

 そんな茶番をしているうちに一行は目的地に到着する。




遠くから手を降る少女が、健康的なひとつ結びを揺らしながら駆け寄ってくる。


「──ごめぇえん! まったぁ?」

「いや、大丈夫。俺もついたばっかりだよ。」

「実際に来たばっかりだからな。」


 対する柚希も渾身のイケボと優しい眼差しで迎える。その対応に佳純は本気でぐらつくが、柚希の気付く所ではない。


「そっかぁ! よかったぁ。……それじゃ、行こっか」

「うん。」

「何処にだよ」


 すると、先に歩き出した柚希の右肘の辺りの袖を、小さな手が掴んで引き留める。


「どしたの?」


 尚も優しい眼差しの柚希に、佳純は頬を染めて少し俯く。そして、


「あ、あの……手。」


 恥ずかしさを堪えて言えるのはそこまでが限界。うつむいたまま手を前に出すと、一拍置いてから大きくて温かい手が、佳純の末端冷え性で冷たい手を優しく包む。


「……え、えと、ありがと。えひひ」

「はいカットォ!」


 幾人の声を合図にその手はあっさりと離れる。


「おい幾人、途中で茶茶入れんなよ。白けるだろうが。てめぇ、芝居なめてんのか?」

「え、いやなんかちょっとむず痒くて……」

「いやぁ、いいじゃん。なかなかよかったよ! うちら程じゃないと思うけど。だから別に羨ましくは無かったけど。」

「あー見ててイライラした」


 芝居を舐めてはいけない。割と本気でキレる柚希にたじろぐ幾人。そんな彼を二人がフォローするが──


「おいちょっとまて、海斗。イライラしたって、お前、お前だろ。お前あれだ。鏡。姿見持ち歩けアホ」


 怒り心頭の柚希の主張の旨が本気で分からないのか、海斗は首を傾げる。


「で、佳純、気は済んだの?」


 美羽は「うん」と短く返事をする佳純の耳元に口を寄せ、もう一度問い直す。すると佳純は少し唸った後。


「いや、いーの。今日はもう、満足」


 と、柚希に聞こえないように言うと、今度は全員に聞こえるように声を張る。


「よし! 次はあれだ! スクランブル交差点! ここ来たら渡んなきゃだよねぇ。斜めにね! 斜めに!」


 反対の声もなく、次の目的地はスクランブル交差点となった。




「人が多い、な」

「人が多いね」

「人が多すぎる」

「美羽がかわいすぎる」

「海斗がかっこよすぎ」


「「「はいはい」」」


 世界一人が多いとも言われる交差点。つまりはある意味でここは世界で一番人のいる場所の一つというわけで。休日ともなると輪をかけて多くなる。

 それはもう、一回の信号でなんでこんな溜まるのか、というほどに。そしてついに信号は青になり──


「「「「「……………」」」」」


 黙々と道を渡る。いざ来るとただの人だかりな訳で、やっぱり上から見ないと大した面白味もない。


「………」


 歩く。


「………」


 ただ黙って。


「………」


 あ、これ帰りも渡んなきゃいけねえのか、だりぃな……。

 そんなことを考えた、丁度交差点の真ん中に差し掛かるようなタイミングだった。


「──!?」


 黙って、歩いていた、その交差点。それが、無くなっていた。

 足下に広がるのは、ただひたすらに黒い穴。


「─っのわぁっ!?」


 交差点が無くなったと言うべきか、交差点に穴が空いたと言うべきか。

 とにかく、大きな交差点をスッポリと覆ってしまうようなサイズの穴が突然に開き、足場を失ったその場の全員が成す術無く奈落の底へと吸い込まれていく。


「──ッ! っぅぐっ! ぁあっ!」


 周囲からの悲鳴は、聞こえなかった。否、周囲の悲鳴も、友人の安否も、どれくらい落ちたとか、穴がどこまで続くとか、気にしている暇など無かった。


「っづぅっ……ってぇ……!!」


 穴に落ちて以降ずっと、身体中を切り裂くような痛みが襲う。刃物も何もないし、近くでトチ狂った誰かが暴れまわってる訳でも無い。と、思う。

 とにかく空気に触れる場所が、直接空気に切り裂かれるように痛んだ。

 否、切り裂かれるように、ではなく、実際に切り裂かれていた。空気の触れる場所には次々と裂傷が生まれ、溢れだした鮮血と共に落下し続ける。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い


 そんな中。数多の絶叫が耳を劈く中。


「──希! 柚──!」


 近くで、誰かが叫んでいる。

 だが。そんな声に答えるどころか、一瞬でも意識を向けることすら、できない。


 分からない。


 訳が分からない。


 どうすればいいのか分からない。

 どうしてそうしたのか、分からない。

 生存本能というやつだろうか。柚希はひたすらに体を丸め、体の内側だけでも守ろうと必死だった。

 それはもう、周囲の大量の人間どころか友人の存在すら忘れるほどに。


「柚──!」


 だが、そんな状況でも。

 気がつくと、柚希は誰かを抱えて丸まっていた。

 まるで爆風から守るかのように。


 ──そうして堪えて耐えてたえるうちに、痛みと疲労によって、柚希の意識はいつの間にか絶えていた。

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