第6話 迫られた決断
部屋はまたも重苦しい空気に包まれている。
こちらに来て以降、殆どだ。ずっと、暗いまま。当たり前と言えば、当たり前だが。
ひとつ、違う事と言えば今回はメンバーが一人増えている。
事件の被害者、アネットだ。使用人ごときどうなっても問題ない、なんて対応をされる事も柚希は考えていたが、決してそんな事はなかった。
国王という絶対的な存在がいる場所にしては、下っ端でも大事にされる案外良い職場なのかもしれない。
だが、当のアネットは緊張で今にも失神しそうだった。失神したまま今朝まで起きなかったのに。
無理もない。
この場にいるのは国の王と、人類最後の希望。しかも議題、と言っては大げさだが話し合いの中心人物なのだ。一使用人にはプレッシャーが大きすぎる。
「まず、私は」
最初にヴァイザルが口火を切る。
「言った通り、ユズキ様を責める気は全くありません。むしろ感謝しております。私の大切な家族を助けて頂き、本当に感謝の言葉もありません。」
頭を下げるヴァイザルに合わせ、慌ててアネットも直角に腰を折る。
この国の法にも正当防衛など、殺人が罪に問われない事はある。流石に今回は正当防衛にはならないが、情状酌量の余地は十分にある。
それに相手は異世界から一方的に引っ張った人物。そもそも法で裁く事さえ烏滸がましい、というのがヴァイザルの考えだった。
アネットは、緊張で喉が機能を失っている。
「ですがこれは、単なる殺人ではありませんよ。」
と、ここで壮が意見を唱える。
「亡くなった彼はこの世界の人々にとっての希望のひとつだったのです。それを潰したという事を、理解しなければなりません。」
「そう、ですね。」
壮の言葉は柚希に深く突き刺さる。そう、これはこの世界の人類滅亡への一手かもしれないのだ。
人の命は、平等ではない。
柚希が潰した命は、決して軽くはないどころかとても重いものなのだ。
「わ、私は、柚希さん間違ってなかった、と、思い、ます……。」
だが、ここで珍しく引っ込み思案の優奈が反論に出た。
「柚希さんは、襲われてる人を……助けたん、ですよね。そ、それに、人を襲うような人と一緒に、戦うなんて……できる気が、しない、です……。」
これもまた当たり前の考えだ。
アネットを襲った男、そもそも彼が人を救うために動いたかどうかと考えれば、考えものだ。
希望の芽をひとつ摘んだ、といってもその芽が花と咲くとは限らない。
「で、ここで罪滅ぼしも兼ねて提案があるんだけど」
と、ここで柚希が手をあげる。
彼は小さく上げた手を降ろすと、皆を順番に見て。
「俺が代わりに人類の希望になるのはどう?」
「「!」」
「そ、それは……!」
部屋の端で顔を紫に染めているアネットを除く三人は息を呑む。
代わりに希望となる。
つまりこの国に付いて戦う、という事だ。以前、壮と柚希が「前向きに検討」した考えである。
「し、しかし柚希君、君の友人は……!」
「お、お待ち下さい!」
壮もさることながらしかし、一番に異を唱えたのはこの答えを一番待っていた人物、ヴァイザルだった。
「そのような罪滅ぼしなどという見方など、おやめ下さい! これは、貴方方の命に関わる問題なのです!」
本来なら手放しで喜びたい話だろう。しかしヴァイザルは相手を良心の鎖で繋いで操る事を良しとしない。しかしそれは、全くの浅見であった。
「ヴァイザル、俺はさ、正直あれを殺したことなんて一ミリも後悔しちゃいないよ。罪滅ぼしってのはまあ言い訳。」
柚希は、龍二を殺したことを後悔もしていなければ、罪悪感も無かった。
あの状況での自分の判断は間違っていないと、信じていたのだ。その上で、しかし何かしら罰を受けるべきならば甘んじて受ける覚悟をしていた。
柚希が戦う覚悟を決めたのは、もっと別の理由がある。
「何にせよ、ここでうだうだしててもいずれ敵が攻めてくるだけ、ですよね。」
「柚希君……良いのですか? こういっては何ですが、亡くなった方々に私の知る人は居ませんでした。しかし君は……」
「まあ、思うところはあるけど。……でも、この国の人たちを守らなきゃいけない理由が見つかっちゃって。」
逃げ出した所で、逃げ延びる事が出来るかはわからない。
敵方に寝返ろうと、寝首を掻かれる可能性だってある。
ならば。
ここで只ぐずぐずとしているだけよりは。
「ヴァイザル、ひとつ聞きたいんだけど」
「な、何でしょう」
「俺達の力は、敵にちゃんと通用するの?」
瞬間、ヴァイザルの顔は見慣れた辛気臭い表情に戻って。
「正直申しますと、保証はできかねます。」
「っはーっ! マジかよ!」
柚希は思わず乾いた笑いを響かせる。一周回って笑うしかない。
敵方の力が圧倒的すぎて、ものさしの単位が全く合っていない、と言うのだ。
自分の力が通用するのかもわからない、そんな相手に挑め、と。戯れも程々にしておけ、と言いたくなる。
「あーもう分かった、俺は戦うよ、この国に付く。」
未知数、上等。
柚希はいっそ開き直る事にした。現地点は人類、そして亜人類が後退に後退して辿り着いた最終地点。つまりこれ以上は退くこともできない。そしてヴァイザル曰く、もとの世界に戻ることは不可能らしい。戻れると言っても、あの道を再び通るのは正直御免だ。
腹立たしいが、思えばこれはもう、戦うしか道が無いではないか。
どうせ攻められるのなら、こちらから行ってやろう、と。
「ひとつ教えて下さい。柚希くんが見つけた戦う理由、とは?」
そう聞くのは壮。疑問に思って当然だ。柚希は小さく笑う。
「かつてここに来て人を救った勇者様。あれ、唯一見つからなかった僕の友人でした。」
「──!?」
死体の山の中に、唯一見当たらなかった幾人。彼こそが、その勇者だった。
たった一人で別の時間に飛ばされてしまった幾人。そんな彼が、たった一人で救った世界。今自分にできる事は、せめて幾人の残した世界を守り抜くこと。
守れなかった佳純達の代わりに。
「……ふっ。なるほど。それは……見捨てるわけにはいきませんよね。わかりました。僕も協力しましょう」
壮の言葉を受け、一同の視線は自然と残った一名へと集まる。
「え、えっ!? い、いきなり……!? え、ええ、そ、そんなぁ……ぅぅ…………わ、私も!」
約一名は勢いに乗せられたっぽいが、こうして忽ち、ここに対魔王軍部隊が思い掛けなく成立した。
「……! ………!!」
ヴァイザルは言葉を失い、只々頭を下げた。王様の癖にぺこぺこと頭を下げる男だ。
しかし、その目から涙が伝うのを見るのは、これが初めてであった。
因みに。
アネットは途中顔を紫に染めてから壁際で全く動いていない。
この会話も全く耳に入っていないのだった。
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